〔特集〕新紙幣肖像の偉人 北里柴三郎の遺産（後編） 新しい千円札の肖像画として一躍話題の的となった北里柴三郎ですが、何をなし、どのような人だったのかご存じでしょうか？ 本企画では、ひ孫にあたる北里英郎さんと、「北里柴三郎記念博物館」の母体である「北里柴三郎記念室」を創設した大村 智さんに特別インタビュー。北里柴三郎の知られざる素顔と今こそ生かしたい教えに迫ります。
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ノーベル生理学・医学賞受賞の大村 智さんが語る
北里柴三郎スピリッツへの敬愛
感染症の特効薬の開発によりノーベル賞を受賞したことで知られる、北里大学特別栄誉教授の大村 智さん。実は「新紙幣の肖像に選ばれたことを最も喜ぶ資格があるのは私だ」と公言するほど北里柴三郎愛に溢れています。どんなところに惹かれ、なぜそこまで敬愛するのか、現代に生きる私たちが学ぶべき点などを、縦横に語っていただきました。
北里柴三郎記念博物館の正面入り口奧にある胸像前にて、ノーベル賞のメダル（複製）を手に、笑みがこぼれる大村さん。胸像は1894（明治27）年のペスト菌発見を記念して製作されたもので、作者は大熊氏廣。大村さんは数ある銅像の中でも、若かりし頃の精悍な北里先生らしさが表れていていちばん好きだそうだ。
「北里先生ならどうするか」と難局に直面するたびに考えてきた
トレードマークの「利休帽」がお似合いの大村さん。姿勢のよさも健脚ぶりも御年89歳とは思えない。
大村 智（おおむら・さとし）1935年山梨県韮崎市生まれ。化学者。北里大学特別栄誉教授。東京理科大学特別栄誉博士。薬学博士（東京大学）、理学博士（東京理科大学）。1974年、静岡県伊東市のゴルフ場周辺の土から採取した放線菌がつくり出す抗生物質を発見。その物質をもとに大手製薬会社メルクと共同開発した「イベルメクチン」は、重症化すると失明に至るオンコセルカ症などの熱帯病の特効薬となり、数億人の人々を救ってきた。2015年、元メルクの研究者、ウィリアム・キャンベル博士とともに、ノーベル生理学・医学賞を受賞。
ドイツで出会った北里柴三郎先生の胸像
私が北里研究所に入ったのは、偶然が重なったからにすぎません。高校教師を5年間務めた後、研究者の道を目指して東京理科大学の大学院に進み、母校の山梨大学で助手を務めているときに微生物に出会いました。もっと微生物と化学の両方を使う研究をしたいという思いから、理科大の研究室にいい就職口があると友人から聞いて、すぐ山梨大に辞意を伝えてしまいましたが、実際にはそのポストが空かず、転職先がなくなってしまったのです。そのとき、たまたま北里研究所が助手を1名募集していることがわかり、自分より8歳も年下の新卒の大学生たちに交じって就職試験を受け、なんとか合格することができました。
当時、もちろん北里柴三郎先生の名前は知っていましたが、まだ真の偉大さはわかっていませんでした。今では「北里先生」と呼ばないと落ち着かないのに、その頃は「北里柴三郎」と言うたびに、先輩に「大村、先生をつけろ」と注意されていましたね（笑）。
初めて北里先生の偉大さを実感したのは、入所して4年後の1969年、ヨーロッパの製薬会社を巡る海外視察旅行に参加したときでした。ドイツのベーリンガー・マンハイムという会社に行ったところ、入り口の正面に北里先生の胸像が立っていたのです。その会社は第１回ノーベル生理学・医学賞を受賞したベーリングがつくった会社です。ノーベル賞の最終候補に挙がりながら受賞できなかった共同研究者の北里先生をたたえて建てたのでしょう。
胸像を見た視察団の団長さんが「北里研究所からも一人参加していますよ」と私を紹介すると、その会社の重役の方々が次々に北里先生や研究所について質問してきて、こんな地方の町にまで名前が轟いているのかと驚きました。その当時、私は所長と考えが合わず、研究所を辞めることも考えていましたが、ヨーロッパでの北里先生に対する評価の高さを目の当たりにしたことがきっかけで、もう少し残ってがんばろうという気持ちになっていったのです。
