〔特集〕フランス・ジュラ山脈の麓で生まれる“チーズの王様” 「コンテ」の魅力を訪ねて チーズ大国フランスで最も親しまれているのが「コンテ」。その理由はAOP(原産地呼称保護)チーズとして第一の生産量であることだけでなく、その比類ない豊かな風味にあります。そんな“チーズの王様”はどのようにして育まれるのか?その奥深き魅力を知る旅へとご案内いたしましょう。
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夏は瑞々しく、冬は濃厚。土地や季節のテロワールを色濃く映すチーズ
コンテのふるさとジュラ山脈一帯は、平地の多いフランスの中では珍しく起伏のある山並みが続き、のどかな里山の趣があります。
スイスの国境にほど近いフランス東部、ジュラ山脈一帯で作られるコンテ。ジュラ県、ドゥー県とアン県の一部がAOP(原産地呼称保護)地域にあたる。
「ジュラ」と聞くと、ジュラ紀という言葉とともに地球の歴史に思いが及ぶ方も多いのではないでしょうか? その連想はまさにコンテの真髄に迫るものです。
というのも、かつてここは海でした。それが造山運動によって隆起し、多彩な地層が地表に現れ、ミルフルール(千の花々)の丘とも呼ばれる植生の豊かさが生まれました。
牛たちは、思う存分この自然の恵みを食べてお乳を出します。コンテのアロマを語るとき、83種もの表現があるといわれるのは、そのような背景によるものです。
原料から製法まで、さまざまな条件をクリアしてはじめて「コンテ」を名乗れる。牛1頭につき1.3ヘクタール以上の牧草地の確保も必須条件。
コンテは一玉約40キロという巨大なチーズ。これを作るには、およそ20頭の牛が1日に出す分のミルクを必要とします。
どうしてそれほど大きいのでしょうか? それは、農家1軒ごとに作るより、たくさんの家の牛乳を集めて作った大きなチーズのほうがより長持ちして長い冬を乗りきれるから。
こうした考えのもと、協同組合の前身ともいえる分業システムが700年以上も前から存在していて、現在にまで受け継がれています。コンテは、厳冬の地で自然と共存しつつ生き抜いてきた先人たちの知恵の結晶なのです。
チーズの王様「コンテ」5つのポイント
(1)フランス産AOP(原産地呼称保護)チーズの中で、生産量第1位
(2)地元の牛(モンベリアード種もしくはフレンチ・シンメンタール種)のミルクが原料。酪農、製造、熟成は分業で行われる。最低熟成期間は4か月
(3)一玉は直径約60センチ、高さ約10センチ、重さは約40キロ。一玉の製造に必要なミルクは約400リットル(牛約20頭分)
(4)ミルクの風味を損なわないよう、搾乳後24時間以内にチーズ工房(fruitière)で加工
(5)牛が育つ多様な自然環境、季節、職人技、熟成期間などにより、一つ一つが異なる個性を持つ
コンテチーズを作る、若き職人たち
【酪農家】健やかで幸せな牛とともに生きる
Laura Saliot(ローラ・サリオ)さん
1990年生まれ。15年間料理人としてのキャリアを積んだ後、コロナ禍の時期に一念発起して父親の農場を継承。有機農法による酪農を実践。
街から農場へと向かう、車窓からの眺めは、目がその色に染まってしまうのではと思えるほど一面の緑。標高672メートル、35頭の牛を飼育するその農場は、父から3人姉妹の末っ子ローラ・サリオさんへと引き継がれました。
シロツメクサ、キンポウゲ......。牧場は生物多様性のフィールド。
牛舎に戻り、消化によい影響を与える干し草のほか、補完的な役割をする多種の麦、とうもろこしなども食べる牛たち。
元々ノルマンディー地方で酪農を始めた父フェリックスさんは、ジュラの自然とモンベリアード種の牛に惹かれてこの地に移住。広大な牧草地があり、冬場の干し草も同じ土地で刈り取ったものを食べさせるという飼育方法は牛にとって最上だと語ります。
搾乳は朝と夕方の2回。一頭一頭の乳首を丁寧に拭いてから始める。
今朝生まれたばかりの子牛。初産の母牛と一緒に。
ローラさんもまた「この仕事に誇りを持っています。大地に根差し、動物を養い、人を養う。日々喜びがある仕事です」と笑顔を見せます。
手早く搾乳を進める彼女が「味わってみて」と差し出してくれたミルクは、ほんのり温かく、獣臭とは無縁の意外なほどの繊細な味と香り。濃厚な甘みの余韻は、帰りの車中もずっと長く続きました。
【チーズ職人】働きやすい環境で発揮される確かな技
Benoît Carrez(ブノワ・カレ)さん
1997年生まれ。酪農家の息子だが、チーズ作りに惹かれてこの道へ。「Fruitière surla Voie du Sel」で信頼の厚い職人として7年目となる。
ジュラ山脈一帯に点在する2400軒の農場で生産される牛乳は、140か所ある「フリュイティエール(チーズ工房)」に運ばれます。
このトラックが夜の間に19軒の酪農家を回って牛乳を集荷。
ローラさんの農場を含め19軒が協同で運営するこちらの工房では、夜の間に各戸を回って集められた牛乳をもとに、朝3時から作業が行われていました。
このサイクルは年中無休。一日も休みなく牛たちが出してくれるお乳を24時間以内にチーズにするというのがコンテの決まりなのです。
乾燥させた子牛の胃袋をはじめとする数種類の酵素と温度を巧みに調整して凝固させる。
おぼろ豆腐のような状態になったところで銅鍋にカッターを入れ、固体と液体とに分離。
米粒大になった固形成分を手に取り、硬さ等を見極める。
伝統製法のチーズというとレトロな作業場を想像しがちですが、こちらは非常に機能的で隅々までクリーンに整えられた施設。若い男性2人のたくましい仕事ぶりがまず印象的です。
固形成分を一玉分の容器に入れる
一玉ごとに緑のカゼインプレート(チーズのIDカード)が貼られ、熟成工程へ。
近代的な設備とはいえ、決して機械任せでないことは、開放型の銅鍋が象徴しています。
鍋の中の牛乳の状態からいっときも目を離さず、手の感触によって肝心のタイミングを捉えることが、チーズの品質を大きく左右するのです。
【熟成士】時が醸す「チーズの人格」を育み、見極める
Mathieu Coclet(マチュー・コクレ)さん
1984年生まれ。「フロマージュリー・ヴァーニュ」の熟成士として14年目。熟成士養成の学校はなく、実地経験で技能を磨いた。
●Fromageries Vagne(フロマージュリー ヴァーニュ)
1926年創業。11軒のフリュイティエールからのチーズを熟成。出荷は12〜18か月熟成が最も多く、30か月以上熟成させるのは全体の4〜5パーセント。
フリュイティエールで成型されたチーズは熟成士の手に委ねられます。この工程を専門に行う熟成庫は、ジュラ山脈一帯で15か所。その一つ「フロマージュリー・ヴァーニュ」では、16万個ものコンテが静かに時を重ねていました。
天井に届くほどエピセア(モミの木に似た地元の木)の棚が並んだ熟成庫はまるでチーズのカテドラル。この特別な空間に置かれ、モルジュ(塩水)で表皮を擦る手当てを定期的に受けつつ、最短でも4か月熟成させたものが晴れてコンテとなります。
「ソンドゥ」と呼ばれる特殊な道具を熟成中のコンテに差し入れ、引き出し、チーズの状態をチェック。どこで完成とするかを見極める重要な仕事。
「コンコン」と音を立ててチーズを叩いているのは、この道14年のマチュー・コクレさん。音によって内部の亀裂や空洞の有無を探り、さらに中心部のチーズを取り出して門出のタイミングを決めます。
チーズ個々の売価からその原料となった牛乳の価格が決まり、酪農家たちに支払われる。卓越した専門性と協働の伝統がコンテの価値を高めている。
「若いうちによい状態になるものもあれば、さらに熟成を続けられるものもある。必ずしも長くおけばよいというものではありません」。
個々の最上の時を見極める。経験を積んだ熟成士ならばこその技です。
コンテチーズのすべてがわかる博物館── ラ・メゾン・デュ・コンテ
複数の熟成庫があり、乳業の専門学校もあるコンテチーズの中心地ポリニーの街。ここに2021年5月、3000平方メートルの面積を誇るコンテ博物館がオープンしました。
ジュラ山脈の森から伐り出されたエピセアがふんだんに使われた館内では、大人も子どもも楽しみながら五感を使ってコンテにまつわるあらゆることを知ることができます。
熟成士がチーズを叩く感覚を追体験できたりするほか、見学ツアーの締めにはテイスティングの楽しみも待っています。
La Maison du Comté1 Rue de la Maison du Comté 39800 Poligny France
URL:
https://www.maison-du-comte.com/(次回へ続く。
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