松本幸四郎夫人・藤間園子さんが案内する「江戸の手仕事」 きものに合わせる小物の中で極めて細く小さな存在でありながら、装う女性の美意識を映し出す帯締め。独自の組み柄と江戸の雅味が宿る色彩できものファンを魅了する「有職組紐 道明」を藤間園子さんが訪ねます。
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右・幾何学柄を優美な鴇(とき)色で表現。藤間さんが心惹かれてまず手にした「亀甲組」4万6200円 中・きりりとした印象の格調高い「西大寺組」13万8600円 左・蘇芳(すおう)色が艶めく「冠組 十段」2万2000円/すべて道明
[有職組紐 道明]
自社で糸を染め、手組みにこだわる。受け継がれる締め心地のよさ
「私にとって帯締めは、きものと帯という“二人の主役”をつなぐ大事な役割を担う存在です」──。そう語る、藤間園子さんが訪れたのは、1652年創業の「有職組紐 道明」上野本店です。
「気に入った意匠を好みの配色で組むことも可能です」と道明葵一郎社長。その言葉を受けて藤間さんは、「冠組 十段」(上写真左)の白い糸を、練(ねり)色に代えてオーダー。ひと匙の侘びた趣に、高麗屋好みのセンスが光ります。
「組む前に計算して糸を染めていることに驚きました!」──藤間さん
「糸のままのときと、組んだときの印象が異なるのが不思議ですね」と、かせ糸を手にする藤間さん。この日のきものは、正倉院草花文を織り出した紋意匠御召。黒地に潤朱(うるみしゅ)で若松が描かれた染め帯と調和するように、濃淡の朱と白を縦筋に配した道明の冠組筋段の帯締めをコーディネートしました。
コーディネートでの活躍の頻度が高い白や朱は、同系色で何本も揃えるほど、微妙なトーンの違いにも心を注ぐ藤間さん。まずは、奥深い色彩を生み出す道明ならではの妙技に迫ります。
「帯締めに使われている約2000色の糸は、すべて自社の工房で染めています。特に染料のレシピがあるわけではなく、既存の糸を手本とした職人の“目感”が頼り。鮮やかさや透明感の中にも、若干の渋さをまとわせるのが道明の伝統といえます」と10代目社長の道明葵一郎さん。
文化財などの組紐を研究し再現するのも道明の仕事の一つ。「組紐のルーツを知ると、帯締め選びがいっそう楽しくなりますね」と藤間さん。左から、平安時代の平緒の復元品。安田組の組帯、笹浪組の矢羽根のように組まれた細緒、奈良組の箜篌(くご)の紐はいずれも正倉院の宝物に由来。右端は江戸時代の刀の下げ緒に用いられた綾出(あやだし)の亀甲組を再現。
また、帯締めを組む工程においても機械を用いることなく、手組みにこだわる点も、藤間さんが「しっかりと締まるのに、苦しくない」と語る締め心地の理由だとか。
「ちょうどよい伸縮性になるよう、職人の手の加減によって緩急をつけています。機械組みのように一定ではないからこそ、一本一本にしなやかな風合いと、程よく目の詰まった硬さが生まれるのです」(道明さん)。
工芸的な美しさを湛えながら、帯をしっかりと留める“用の美”を体現する帯締め。こつこつと仕事と向き合う職人の言葉を受け止め、藤間さんは“美は細部に宿る” ことを改めて感じたといいます。
【整える】
3本の撚り糸を用いることも、道明の締め心地のよさの秘密。写真は段染めの目印を糸でくくる工程。この後、染めない部分を防染していく。
【染める】
黄、オレンジ、茶の染料を職人の目分量で合わせ、美しい黄朽葉色が染められる。約40度の低めの温度で約30分、すべてが手作業で行われる。
【組む】
同じ組み方でも、糸玉を扱う力加減や竹べらで打ち込む強さなど、職人によって微妙に異なることも味わいの一つ。写真は高台を用いた亀甲組の工程。