〔特集〕神々の気配を感じる 聖地・開運の地へ 聖地神の臨在を感じさせる場、神に祈りを捧げる場は、常に霊験あらたか。新しい一年が生まれる正月を機に、心新たに神々のもとを訪ね、深い感謝と祈りを捧げることで開運を祈願します。
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神話学者 平藤喜久子さんと出雲神話を旅する
國學院大學教授平藤喜久子さん(ひらふじ・きくこ)神話学者。國學院大學神道文化学部教授。神話が日本でどのように読まれ、伝えられ、表現されてきたかを研究している。最近は、カメラを片手に神話の舞台を歩く「神話のフィールドワーク」を行っている。著書に『日本の神様解剖図鑑』など。
『古事記』を片手に神話の聖地を味わう
──文・平藤喜久子(神話学者・國學院大學教授)
19世紀の終わり、日本に『古事記』を読み、魅了された一人の外国人がやってきました。彼は、運の良いことに松江で英語教師の職を得て、出雲に神話ゆかりの地を訪ね歩くことになります。
彼の名は、ラフカディオ・ハーン。のちに松江で知り合った小泉セツと結ばれ、帰化し、小泉八雲と名乗るようになります。『怪談』という作品でよく知られていますが、私は彼の出雲での日々を綴ったエッセイ『Glimpses of Unfamiliar Japan(知られぬ日本の面影)』が大好きです。出雲大社、美保関、八重垣神社、加賀の潜戸等々、彼は『古事記』を片手に神話の舞台、聖地を訪ねています。
【国譲り──稲佐の浜】出雲を中心とする葦原中国(あしはらのなかつくに)(地上世界)の国造りをなした大国主神と高天原(たかまのはら)(天上界)の使者、武御雷神(たけみかづちのかみ)が国譲りの直談判を行ったとされる「稲佐の浜」。出雲大社の西側1キロのところにあり、旧暦の10月10日には、日本中の神々がここに集まる。日本海に日が沈むと、人間時間が終わり、神の時間が始まる。写真/ ソニファ〈 ピクスタ〉
日本の神話は、神々の暮らす高天原(たかまのはら)、地上の葦原中国(あしはらのなかつく)に、黄泉(よみ)の国、根の国などで展開していきます。そのうち葦原中国での物語は、おもに出雲と日向が舞台です。とはいえ、その出雲や日向はあくまでも「神話的出雲」「神話的日向」です。実際に訪れても神話の情景がそのまま見られるわけではありません。しかし、その目の前の風景は、さまざまなことを考えさせます。
たとえば神話で死者の世界である黄泉の国の出入り口にある黄泉比良坂(よもつひらさか)の伝承地は松江市の「伊賦夜坂(いふやさか)」とされています。黄泉比良坂とはとても謎な場所。そもそも坂なのに「比良(平ら)」とはどういうことなのでしょう。
そんなことを思いながら「伊賦夜坂」を訪れてみます。昼なのに薄暗く、一人では怖いと思ってしまいます。足を進めていくと、坂というよりうねっている道だと気がつきます。そうか、比良坂とは、明確な上り坂、下り坂ではなく、このようにうねった道なのかもしれない。風景が教えてくれたことです。
【八岐大蛇──斐伊川】八岐大蛇(やまたのおろち)=斐伊(ひい)川とする説がある。斐伊川は、素盞嗚尊(すさのおのみこと)が降り立った船通山に源流を発し、宍道湖に流れ込む暴れ川。「毎年、やってきて娘を食らうという話は、氾濫を意味しているという解釈も」と平藤さん。素盞嗚尊が八岐大蛇を、剣でバラバラに切り散らし、その血で肥河(斐伊川)は真っ赤に染まったという。
小泉八雲も神話の風景を見て、心を動かされています。なかでも「加賀の潜戸(くけど)」は印象的です。女神が金の弓で射通して作られたという洞窟です。彼はこれほど美しい洞窟はみたことがないと感動します。
「海もまた、偉大な建築家」(ラフカディオ・ハーン著『新編 日本の面影』角川ソフィア文庫)という言葉がありますが、大いに納得します。暗い洞窟に光りが射し込む様をみていると、この洞窟を作るには輝く金の弓でなければならなかったのだと感じます。風景が神話に説得力を与えてくれます。なるほど、ここは聖地とされてきたのだと。
神話を片手に歩く。神々の姿を目の前の風景に探す楽しみがあります。また、小泉八雲のような違った時代、違った視点を持った人の本をもう一方の手に持ってみてはどうでしょうか。複数の目で聖地を味わうことができそうです。
猪目(いのめ)洞窟
『出雲国風土記』で語られている「黄泉の穴」。黄泉比良坂と同じく、生と死の境目。古代人は、この洞窟が死者の世界「黄泉」とつながると信じていた。
猪目(いのめ)洞窟住所:島根県出雲市猪目町1338
八重垣神社
稲田姫命(いなたひめ)が八岐大蛇から避難したとされる八重垣神社内の鏡の池。水面を姿見にしたと伝わる。この地で素盞嗚尊(すさのお)と稲田姫命は暮らしたとされる。
八重垣神社住所:島根県松江市佐草町227
TEL:0852(21)1148
黄泉比良坂(よもつひらさか)
妻の伊邪那美命(いさなみのみこと)を亡くし、黄泉の国に迎えに行った伊邪那岐命(いざなきのみこと)が、変わり果てたその姿に驚き、逃げ帰ったとされる生と死の分岐点。
黄泉比良坂住所:島根県松江市東出雲町揖屋2376-3
加賀(かか)の潜戸(くけど)
『出雲国風土記』で佐さ 太だの大おお神かみが生まれたとされる聖なる洞窟。
加賀の潜戸住所:島根県松江市島根町加賀6120-14 マリンプラザしまね
TEL:0852(85)9111(遊覧船は3月中旬~11月末運航)
国引き神話
出雲大社から徒歩約10分の奉納山公園からの眺め。『出雲国風土記』の「国引き神話」に登場する綱は、稲佐の浜から伸びる薗(その)の長浜を指す。
(次回へ続く。
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