エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2025年2月号に掲載された第41回、山口 桂さんによるエッセイをお楽しみください。
vol. 41 和菓子に救われた「美しい日本の私」文・山口 桂
僕は「和の家庭」に生まれた。それはどういう事かというと、父は合気道七段の日本美術史家、母は神社の娘、序でに僕と弟以外の家族全員が能楽と茶道を嗜んでいたからで、小さい時から強制的に能楽堂や茶室、神社仏閣といった普通の子供には全く面白くない場所に連行され続けた結果、物心ついた頃には、日本文化に関わる全ての物が嫌いになっていたのだった。
そんな訳で大嫌いになっていた家の和の行事のうち、唯一参加していたのがお茶で、その理由はお察しの通り「お菓子」。干菓子が好きでなかった僕は、家では薄茶でも生菓子を所望し、特に大好きな「練り切り」や「きんとん」を食べて茶室での諸々の苦行を乗り越えていたのだが、大学生の頃には友人と「東京甘い物百選」という小冊子を作る程の甘党になっていた。
その後紆余曲折の末、僕は世界最古の美術品オークション・ハウスに就職し、何の因果か、あれだけ嫌っていた日本美術品の専門家となった。そして世界の顧客を相手に日本美術品の鑑定や査定、売買をして今に至る訳だが、その過程で気付いた重要な事がある……それは「日本の工芸品は、世界の如何なる芸術に引けを取らず美しい」という事と、「和菓子は食べる工芸品である」という事だ。
何故なら和菓子には美味しい味と香りだけでなく、極めて日本的な造形美と色彩、季節感が有り、時には「銘」まで付いて、まるで茶道具の様ではないか? そしてこの人間の五感に訴える美は、歴史の中で熟練した職人達によって作られ、「伝統という名の革新」をし続ける意味で、和菓子が真の意味での「日本工芸」だと思うからだ。
日本文化が大嫌いになった少年を、辛うじて「美しい日本」に留め、日本美術の素晴らしさと、それを生き甲斐とするスペシャリストにしてくれた「和菓子」に、この場を借りて感謝の意を表して、この文を終わろう。
山口 桂1963年東京都生まれ。世界で最も長い歴史を誇る美術品オークション・ハウスの日本支社「クリスティーズ ジャパン」代表取締役社長。92年クリスティーズに入社後、日本・東洋美術のスペシャリストとして2008年の伝運慶の仏像セール、17年藤田美術館コレクションセール、19年伊藤若冲作品で有名なプライス・コレクションの出光美術館へのプライヴェートセールなどを担当。18年から現職。国際浮世絵学会理事、アダチ伝統木版画技術保存財団理事。著書に『美意識の値段』など。
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