扇子の扱いに込められた ものを大切にすることの意味
お辞儀も歩き方も、小笠原さんの細やかな指導によって、二階堂さんの姿が立ちどころに美しく変化していきます。
歩き方を教わる二階堂さん。床の間は花器、香炉、燭台の三具足に、掛け軸は小笠原流礼法の教えの一つ「進退中度(しんたいちゅうど)」。“進むも退くも度に中(あ)たる”とは、“ものごとには必ず丁度よい落ち着きどころがある”という意味。
小笠原 動作のきっかけを作るのは腰です。歩くときは、足を前に出すのではなく、腰が前に進むことによって、足が出るのです。目線は2間先あたりを、凝視せず、見ます。
二階堂 ふだんは無意識でやっていることを意識してやろうとすると、どうしても言葉に引っ張られてしまって、難しいものですね。
小笠原 扇子の扱いで大切なのは、紙の扇面に触れないこと。手で触れると壊れやすくなってしまうので、要(かなめ)と中骨のみに触れて開閉します。加えて、開くときは必ず最後の一枚を残す。そうすることで、勢いで開き切るのではなく、慎重に、丁寧に開くようになりますよね。また、これには「満ちるものは欠けるだけ」といいまして、未完成なものはいつでも満ちることができるという意味も込められています。
扇子を開閉するときは、要の部分を指で押さえて中骨を広げる。
二階堂 そんな深い意味が込められているのですね。今、感動しています。何でも替えがきく今だからこそ、身に沁みる教えです。
弓道の胴着に着替え、弓や矢の持ち方、角度など、細かく指導を受ける。すべてが筋肉の働きを自然に使うための理にかなったこと。

矢を射った直後の二階堂さん。小笠原流弓術の重要な教え「残心」は、動作を行ったあとに数秒間、心を残すこと。その間が、美しい姿勢となって表れる。弓道場には、室町時代から江戸時代までの鞍をはじめ、さまざまな道具が並び、今なお現役で使用されている。
時代が動いている時こそ、礼法が重要になる
鎌倉の鶴岡八幡宮をはじめ、全国約10か所で流鏑馬(やぶさめ)神事を務める小笠原家。通常は木馬で稽古をするといいます。二階堂さんも装束を身につけ、体験することに。
約100年前に作られ、太平洋戦争中は疎開先に運んで稽古に使われたという木馬に跨がる二階堂さん。鞍や青海波が描かれた鎧(あぶみ)は江戸時代のもの。
小笠原 流鏑馬では、人と馬は対等な関係です。人に従わせると、馬は能力を存分に発揮できません。息を合わせて一緒に行うほうが、やりやすいのです。
二階堂 跨がる前に木馬に一礼することも、大切な日本の文化ですね。日本の伝統文化はきれいで美しくて、でも同時に厳しくて、どうしても堅い印象があります。でも、この礼法を身につけていくと、逆に自由に動けるようになるのではないかと思えるようになりました。
跨がる前に、木馬に一礼。人や動物だけでなく、道具やものにも敬意を持って接することも、礼法の一つ。
小笠原 私たちは、いつの時代も変わらない本質的なことを継承し、枝葉末節は時代に合わせて自然に変化していくものととらえています。変化の大きな現代こそ、頭で理解する“知の教養”だけでなく、“行動の教養”としての礼法が大切になるのではないでしょうか。
二階堂 今日教えていただいた体の動きを身につければ、心もぶれなくなると先生の著書にありました。ぜひ精進したいと思います。本日はありがとうございました。
二階堂さんのきものは、墨染めの松葉紋の江戸小紋。竹が刺繡された半衿は、昭和初期のもの。帯の腹文は矢羽根柄で、弓道と流鏑馬を体験した今日という日に似つかわしく。帯留めは彫金の菖蒲柄。手にした数寄屋袋は、甲冑製作の技術で作られた現代のもの。小笠原教場玄関にて。

二階堂さんが締めているのは、昭和初期のアンティークの帯。兜の刺繡が入ったお太鼓柄で、季節感と武家の礼節を習う気持ちを表現した。床の間に飾られた兜の香炉とも響き合う。
二階堂ふみ(にかいどう・ふみ)俳優。1994年、沖縄県出身。2011年に映画『ヒミズ』で第68回ヴェネチア国際映画祭において日本人初となる最優秀新人賞を受賞する。2024年『SHOGUN 将軍』で落葉の方を演じる。2025年夏に公開予定の日英合作映画『遠い山なみの光』では、物語の重要な鍵を握る役を演じる。