名人戦、将棋への熱い思いを語る
篠山先生による初めての撮影をとても楽しみにしていたという天彦名人。篠山先生から、花束とともに熱いエールを送られていました。――第74期で名人位を奪取、第75期で見事防衛して2期連続のタイトルホルダーでいらっしゃるわけですが、30歳を迎えた今年の棋士としての抱負をお聞かせください。
「まずは名人防衛ですよね。
名人を持っている限りは、やはりそれが一番の目標になると思います。
あとは、名人戦以外のタイトル戦にも絡んでいって、全体的に活躍することが目標ですね。名人を取った1年目は全体的に勝率も高かったですし、叡王戦も優勝できましたけれども、2期目の2017年はなかなか全体的には絡めなくて。
勝率も少し下がってしまったので、2018年は全体的な勝率も上げていきたいと思います」
――勝率が下がってしまったということに対して、ご自分としては何か思い当たる理由はあるのでしょうか?
「はっきり原因を特定するのはすごく難しいんですけれど、やっぱりコンピューター将棋ソフトウェア(以下ソフト)が本格的に入ってきたことによる戦術の変化もありますよね。
存在していることはわかっていたけれど、ソフトだけがやっていた戦術、将棋界の本戦のなかで、そんなに取り上げられてこなかった戦法にも波が来て。
叡王戦が終わって、ソフト戦術を取り入れた若手もますます増えてきているので、これまで学んできた形や価値観が出現しなくなったりしているんですよね。
そんな中で新しく勉強することも増えていますしね。その勉強量が少しだけ足りなかったり、戦術についていくための実験的な将棋を指すことが増えたり。そういうところで勝率が少し下がったのかもしれないなと思いますね」
――ただ、そうだとしても実験的に取り組んでみることも必要だとお考えなわけですね?
「そうですね、必要だと思います」
――たまたま結果につながらなかったとしても、やってみなければいけない時代の変化、ということなのでしょうか?
「そんな気がするんですよね。それこそ自分が60歳とか70歳でもうすぐ引退ということであれば、今までの価値観を貫けばいいのかもしれないんですけど、やっぱりこれから何十年も指すかもしれないので。
ここでついていけなくなると、20年後とか化石のような感覚でやっているかもしれないですからね。
長いスパンで考えると、今は多少のリスクがあっても新しいことを取り入れないといけないのかなという気がしています」
――すごくドラスティックに変わってるんですね?
「そうですね。それまでトップ棋士がメインにやっていた戦法がまったく出現しなくなったりするので。
みんなそれを一生懸命勉強していたのに、いきなりなくなってがらりと変わるという……。そこは大きな変化ですよね」
――大変だけど面白い、面白いけど大変みたいなことでしょうか。
「それが将棋の世界に生きる大変さでもあり、醍醐味の一つでもあると思いますね。
ほんとに長いスパンで戦うわけじゃないですか。例えば引退が30~40代であれば、自分のスタイルをいかに確立して貫けるかが重要かもしれないですけれど、棋士生活は長いので、結構柔軟に変化しなければいけないところも多いのかなと。
それは大変でもあり、変化を求められること自体は面白いと思うんですよね。自分が変われる、変わっていくのも醍醐味の一つかなあと感じています」
――羽生善治竜王は47歳でいらっしゃるわけですが、天彦先生からみて、変化を取り入れるのがお上手というか、楽しんでいらっしゃるのでしょうか?
「羽生さんはもっともそういうのがお上手な方だと思いますね。
僕くらいの年齢のときに、完全にトップを形成されていたわけですけれど、そこから新しい戦法なども柔軟に取り入れられていらっしゃいましたし、お人柄的にも、新しいことに好奇心を持たれますよね。
変に堅苦しくならず、非常に柔軟に物事を捉えられていると思うのですが、やっぱりそれも将棋に出ていますよね。
一つの戦法にこだわるというより、新しい戦法に興味を持って取り入れてみるといったことを本当にうまく続けられてきて、今の羽生さんがあるのかなと思います」
――戦術がそれだけドラスティックに変わると柔軟性が非常に大事になってくるということですか?
「そうかもしれないです。このあと、またどんな変化があるかわからないですけれど。
もちろん、自分の軸になるものはありつつも、変わっていくものに対しては自分も少し変化していかなければならない、そのバランスが上手く取れないと伸びきれない時期なのかもしれないですよね」