がんの新薬の研究から早期発見のための研究へ
落谷さんは、がん遺伝子やがん抑制遺伝子に関連する細胞内のマイクロRNAを長年研究してきました。研究が大きく展開したのは、2007年、細胞が放出するエクソソームにマイクロRNAが含まれているという発見がきっかけでした。
もともとマイクロRNAは体内で働くことがわかっていましたが、この発見により、エクソソームに包まれてマイクロRNAが血液中に出て情報伝達物質として働いている可能性があると考えられるようになったのです。
落谷さんらが調べてみると、体外にあるマイクロRNAの約4割はエクソソームに包まれた状態であることがわかりました。そこで、落谷さんもエクソソームやそこに含まれているマイクロRNAの研究を開始しました。
その結果、がん細胞の種類によって、出てくるエクソソームやマイクロRNAも種類が異なることが明らかになり、落谷さんらはがんの種類ごとに最も検出精度が高くなる3〜5個のマイクロRNAの組み合わせを探し出しました。
こうして、乳がん、肺がんなど13種類のがんに特徴的なマイクロRNAが同定され、少量の血液で調べることができるようになってきたのです(下図参照)。
昨年から、国立がん研究センター中央病院などで、実際のがん患者約3000人の血液を採取し、落谷さんらがバイオバンクなどの検体を使って選んだマイクロRNAと合致しているかを検証する臨床研究が始まりました。
この研究では、健常な男女約200人のマイクロRNAとの比較も行われ、今年度中には研究結果が出る予定です。この臨床研究を通じて、個々のがんについて検査で調べるべきマイクロRNAを定め、厚生労働省の承認を経て、体外診断薬として一般に使えるようになります。
「13種類のがんのうち、承認されたものから順に人間ドックなどで有料で検査できるようになると思います。約2年後、13種類をまとめて検査する場合で2万円程度と予想しています」と落谷さん。
このマイクロRNA検査でがんのリスクが高いと判断された人は、その人間ドックから紹介されて画像検査などを受けられるような仕組みにする予定です。
ただ、超早期発見という特性上、「画像にはまだ映らない、治療するには至らないといった可能性も考えられます。このようなケースにどのように対応するかについてもこれから検討していきます」。
さらに、全国でがん検診を推進している日本対がん協会と提携して、この検査を受けた人を追跡する研究も行う予定です。
「私たちの目標は、がんで亡くなる患者さんを減らすこと。そのためにはこの検査ががんの早期発見や早期治療につながったかどうかを調べないと、本当の成果はわかりません。そこで対がん協会と協働して、検査を受けた人を対象に、少なくとも3年間にがんを発症したか、治療を受けたかなどを調べるのです」。