――今回演じるのは、イラク戦争の帰還兵エリオット。実母に育児放棄されたトラウマがあり、戦争で負った傷が原因で薬物中毒になった過去を持つ青年です。
「もともとの素朴で純粋な子供の部分と戦場を体験した大人の部分が、いびつに混じり合った人物だなと感じています。境遇は違いますが、年齢は僕とほぼ一緒で、自分と向き合って大人にならなきゃいけない時期にあるという点では共感を覚えます。僕には、自分を支える軸になる“歌舞伎”という人生のテーマがありますが、そういうものが何もなかったら、エリオットのように不安や迷いでいっぱいだったかもしれないなと」
――エリオットは、育ての親である伯母の死をきっかけに、かつて自身も薬物中毒で、今は薬物依存から抜け出そうとする人々のためのウェブサイトを運営している実母に会いに行きます。
「薬物中毒やネット社会という現代の問題を扱ってはいますが、とても普遍的なテーマを持った心温まる作品です。人と人との繫がりや絆が、ネット社会だからこそできることも含めて描かれていて。ほんのちょっとしたことで、人を傷つけることも、逆に救うこともできる。タイトルの“スプーン1杯の水”には、そんな意味が込められているんだろうなと、僕は感じています」
普段の歌舞伎の舞台では、幕が開く合図の柝(き)の音が入ると芝居モードに切り替わるという。「今回は柝が入らないから、どうなっちゃうんでしょう(笑)」。――お父さまは江戸浄瑠璃清元の宗家、7代目延寿太夫。右近さんも今年1月に浄瑠璃方の名跡、7代目清元栄寿太夫を襲名されましたね。
「邦楽の家に生まれたわけですから、普通はそっちが本筋というか、本来の道ですよね。でも僕は、そういうことを理解する前に曽祖父(6代目尾上菊五郎)を見て憧れて、歌舞伎役者になりたい!と思ってしまったので、初舞台も歌舞伎のほうが先でした。唄は好きでしたし、もちろん清元のお稽古はずっとやってきたんですけれども、『自分は、本来やるべきことをやらずに役者をやっているんだな』と認識できたのは、中学生になってからです。二足の草鞋は許されないだろうと思って悩んだ時期もあったんですが、ダメ元の覚悟で『どっちもやれるものだったら、やらせていただきたい』と踏み出させていただきました」
――一方、母方のお祖父さまは、昭和を代表する映画スター、鶴田浩二さんです。
「僕が生まれた時にはもう亡くなっていたので、会ったことはないんですが、母からよく話は聞きます。あの時代の人なので、周りに対する気の使わせ方がすごかったとか、よくテーブルをひっくり返していたとか、50代になったらやめると言って、家の中のものを周期的に壊していたんだけれども、50代になったら本当にやらなくなったとか……。その一方で、一生懸命勉強はしていたらしくて、色々な音楽を聴いたり、書斎で本を読んだり、詩を書くのが好きだったそうです」
――右近さんも本を読んだり、絵を描くのがお好きだとか。
「はい。絵は、幼稚園の頃から筆を使って絵を描く感覚が好きで、よく描いています。人に見せるというよりは、ただ絵を描くことに集中して、自己整理している感じですけれど。本も好きです。図書館や古本屋に目当ての本探しに行って、そこでまた別の本に出会えたりすると、さらに楽しい気持ちになります」