知花くらら、憧れの美が生まれる場所を訪ねて―
機織りに入ると、織り上がるまで約1か月半を要します。「規則正しく、同じ精神状態でいられるように心がけ、自分も機の一部になる」という土屋さんの言葉に、感激しきりの知花さん。国連WFP日本大使として、海外での活動も多い知花くららさん。渡航の際にはきものを持参し、きもの姿で臨むことも多いといいます。
そんなきもの好きの知花さんにとって、日本伝統工芸展は見逃せない展覧会。植物染めの精巧な織りで作品を発表している土屋さんは、憧れの人でした。今回、工房を訪ねることは、想像を超えるご褒美のような一日だったと語ります。
滔々と流れる長良川流域の町、岐阜県関市。鵜飼いと刃物で知られる静かな地に、土屋さんの工房はあります。
時は5月、春に芽を出した植物が充実する季節。土屋さんと知花さんは、近所に染料を探しに出かけます。植物が生い茂る中、土屋さんが選んだのはヨモギの大きな株。鎌でザクザクと切って工房に持ち帰り、早速、ヨモギの葉を煮出します。
染液を漉しながら「綺麗な緑が染まるんですよ」という土屋さんの言葉に、怪訝な表情を浮かべた知花さんの顔が輝いたのは、染液に浸した後の糸を媒染液に沈めたときのこと。
それまで薄茶だった糸が、瞬時に明るい草色に変わったのです。驚く知花さんに「初夏の植物は色素もいっぱい持っているのです」と土屋さんが説明します。
2階の機場では、次作が機に掛かっています。作品の織りに入ると約1か月半はまるで自身が機の一部になったかのように集中し、まさに五感で織る日々が続くという土屋さん。
知花さんは、土屋さんが織る様を見ながら、「長良川の風景を思いながら、作品を着せていただく幸せを感じます」と、紋紗の着心地に期待を膨らませました。
「織り続けることが、唯一、前に進む道」―土屋順紀
この作品は「青山緑水(せいざんりょくすい)」。山紫水明の風景を織りで描いています。紋紗の石畳文様を織り出しながら、5段階に染め分けた大きなぼかしの市松を表して。
平成16年の日本伝統工芸展で発表後、ロンドンで開催された「うすはたの会」の展覧会で展示。後にヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵された、土屋さんにとって思い出深い一枚です。
撮影/森山雅智 ヘア&メイク/徳田郁子 着付け/伊藤和子 小物スタイリング/岡本真規子 きものコーディネート・取材・文/相澤慶子
「家庭画報」2018年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。