一寸法師が刀にした針はみすや針謹製?
「『一寸法師が刀にした針を見せて下さい』と来られる方もいらっしゃいますよ」と店主は言います。
一寸法師と言えば、針を刀代わりにしていた話が有名。店主によると、「物語には一寸法師が京都・三条の大臣に世話になったと書かれているそうで、それならば、針はみすや針のものであろう、と考えての来店のようです。
あとは有名な池田屋事件(※)の際、長州藩の人が、近所だった当家に逃げ込んできた話があると、お客様から聞いたこともあります。もし、そんな大事件があったら、きっと代々語り継がれているはずですが、私は聞いたこともありません(笑)」
逸話が事実であったかどうかはさておき、おとぎ話や歴史上の大事件との関わりが話題に上るのも、長い歴史を誇る、みすや針ならではといえるでしょう。
蛇足ながら、一寸法師が収録されている『御伽草子』を読むと、確かに法師は三条の宰相殿の世話になっています。が、育ての親である老夫婦のもとを離れ、京へ向かう際に、針をもらっているので、針の刀は残念ながら、みすや針謹製ではなかったようです。
※1864年(元治元)、旅館・池田屋に潜伏していた長州藩・土佐藩などの武士を新撰組が襲撃した事件。池田屋はみすや針から約150mの距離にあった。大村しげさんも愛用したみすや針。包み紙に数字が書いてあるのにご注目を。中央の包み紙を例にとると、「三ノ四」の前者、三はもめん針を指し、後者の四は長さ。後者の数字が増えるごとに針の全長が2.5mm長くなります。選ぶ際の決まりはなく、自分の手の大きさに合う長さの針を選べばよいとのこと。奥さま発案の商品が人気に
みすや針の扱う縫い針は、もめん針、つむぎ針、きぬ針、メリケン針、キルト・パッチワーク針、さしこ針、ビーズ針などがあります。店主によると、長さの違いも含めると、約200~300種類ほどのバリエーションがあるのだとか。
また、日本刺しゅうの針だけは機械で作ったものと手作りのものが用意されています。機械で作ったものが25本で1080円なのに対し、手作りのものは1本が1080~1728円(すべて税込み)。仕事でどうしても手作りでなければきれいに仕上がらないという職人がいらっしゃる一方、機械製のものが現在の主流となっているのは時代の流れでしょうか。
かつては縫い針を主に扱っていた、みすや針には、現在ユニークな商品が多数取り揃えられています。桐箱に入った携帯用の裁縫セットや、米粒ほどの動物の付いた飾り待ち針など、愛らしい商品はいずれも店主の奥さまの発案で作り始めたところヒット商品になりました。
「御ぬい針」は手のひらサイズの裁縫セット。桐箱の蓋裏が針山になっているほか、中には針と糸、切れ味抜群のミニチュアの糸切りばさみが収められています。蓋をした状態のサイズは高さがわずか8.2cm。桐の箱は湿気を吸収して中の針が錆びにくくなるそうです。3800円(税込み)。※通販不可、店頭販売のみ。愛らしい動物が先端に付いた「飾り待ち針」。こちらは、針山に刺して楽しむアクセサリーです。手作りのため、ひとつずつ表情が異なり、店頭の虫眼鏡で見るのも楽しい。虫眼鏡の中に映る犬とフクロウは1本309円(税込み)。※通販不可、店頭販売のみ。針の寿命はどこで見る?
針の豆知識についても聞いてみました。針は折れるまで使うものと思っていたら、それは間違い。店主に聞くと黒ずんだり、布への通りが悪いと感じたら交換時期だといいます。
「使い終えた針は深く掘った地面に埋めると錆びて土に帰ります。埋めたら手を合わせて『マンマンチャン、アン』と言うてあげてください。関西では針供養として、古い針をこんにゃくに刺して山の土に埋めます。東(日本)では供養として豆腐に刺しますね」(店主)。
マンマンチャン、アンとは、関西で子どもが言いやすいように定着している念仏です。大村しげさんも、いくつかの著書で針供養について書いていました。
「京都の針の供養は十二月八日で、この日、一年間にたまった折れ針を、こんにゃくに差し、お松明をあげてねぎらう」(『京 暮らしの彩り』佼成出版社)
「わたしはこどものころ、針をさしたこんにゃくを、女衆さん(※)と二人で、よう疎水へ流しに行った。(中略)このごろは、折れ針は、お薬の小びんに入れてほかしたり、それを庭の隅に埋めてはるおうちもある」(『京の手づくり』)
※お手伝いさんのことで、おなごしさん、おなごっさんなどと発音します。 針が折れるまで使うあたりは、さすが無駄やもったいないことを嫌う京女といったところ。著書では、要らなくなった針をこんにゃくに刺して川へ流す習慣は、大村さんが活躍した時代には失われつつあったことや、針供養の日にこんにゃく料理を食べることが併せて綴られています。
「御待針」。長さが2種類あり、長いほうは和裁、短いほうは洋裁に向いています。アイロンの熱に耐えられように先端の球はガラス製です。(右)100本入り648円、(左)40本入り432円(ともに税込み)。いまでは洋服や着物などは既製品がすぐに手に入る時代です。大村さんの本を読むと、かつては「お針」すなわち裁縫が、広く女性の嗜みや楽しみとして浸透していたことがわかります。
「母はべったり“四の三”というきぬ針を使うていた。(中略)また、四の三はくけ用にもなるし、便利である」(『京の手づくり』)。お針が生活に密着していた時代にあっては、母親の使う針のサイズを把握しているなんて、ごく普通のことだったのかもしれません。
裁縫が趣味の方も、しばらく遠ざかっていた方も、まずは自分好みの針を探してみるとよいのではないでしょうか。針の名店、みすや針なら、きっと適切な一本が見つかるはずです。また、京都観光の際は、江戸時代の旅人のように、縫い針を土産物に選ぶと物珍しさも手伝って、きっと喜ばれるに違いありません。