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詩人の思考回路。管 啓次郎さん、詩の愉しみ方ってあるのでしょうか?(前編)

2018.10.23

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左『本は読めないものだから心配するな』と、右上『数と夕方』(左右社)、右下『狼が連れだって走る月』(河出書房新社)。

――『Agend'Ars』は最初に16行と決めて書かれたそうですが、そういう枠は、詩の創作に何か影響をもたらしましたか。


ありましたね。死(death)、詩(poetry)に通じる4という数字は僕にとってマジックナンバーなんです。4×4の16行詩は、伝統的なソネット(14行詩)よりちょっとだけ長くて、いいたいことをいうための最小限の単位です。まずはこの大きさのキャンバスで、描けるだけのことを書こうと思いました。『数と夕方』という詩集には160行の詩がいくつかあって、その大きさのキャンバスだと、はるかにいろいろなことを描き込むことができる。僕は基本的に詩は絵に近いと思っていて、16行詩はスナップショット、あるいはごく短いビデオ映像という感じで書いているんです。

――スナップショットというたとえは、詩にとって見ることの大切さを伝えているように思います。

自分のなかに流れ込んでくるもの、その蓄積されたものが、やがて詩となるわけだから、まずは受け止める眼があるかどうかということが大切で、よい詩人はみんな、見つけてくる眼を持っています。詩は見つけるもの、見つかるもの。もちろん手がついていかなければ書けないけれど、詩は、どちらかというと眼の仕事だと思いますね。蓄積ということでいえば、たとえば1本の木は、その木が根づき、成長し始めて以降の天気をすべて記憶している。これは別に観念的な話ではなくて、実際、幹の姿や枝ぶりや年輪などに表れる木の成長の仕方は日々の気温、日光や雨量によって日々決まっている。その積み重ね。古生物学者によると、太古の海の潮の干満や潮位、海水の塩分が現代とどのくらい違うかだって、貝の化石が含む分子のパターンを分析すればわかるそうですし。

――すごいですね。

そういう物質的記憶は、地球上の至るところに存在します。人間の身体にも同じように物質的記憶は宿っているのに、なぜかそのことを意識している人は少ない。研究者は分子を解析し、数値化することで物質的記憶を表現するけれど、詩人は木や石、砂の一粒にも永遠の記憶があるはずだと、そのことを想像して詩を書くわけです。



――うかがっている自然観は、歩く人である管さんだからこそ出てくる考え、という気がします。

どんな犬でも、歩けば棒に当たるわけで(笑)。黙ってぽつんとどこかにいても、起こることは知れているけど、歩けば何かが起こるし、いやでもあらゆるものに出会いつづける。プラスもマイナスも含めて。そのなかで、本質的なことが残るのだと思います。だから何よりも偶然を呼び込むための行為じゃないかな、歩くことは。僕の歩行は日常的レベルにすぎませんが、ヒトという種の個体のなかでもきわだってハードな歩きを重ねている人はたくさんいます。たとえば僕のヒーローといってもいい石川直樹さんはエベレストに2度をはじめ世界の最高峰に登頂し、ポリネシアをカヌーで航海し、熱気球で太平洋に墜落して……と、それこそ極地から海から山から空まで、異常なまでに広く空間的体験を重ねている。あれだけの経験をしている個体は、まちがいなく人類史上他にいない。ところが彼には威圧感や気負ったところが一切ない。地球上ならどこに行くのも同じ、という境地に達している。恐ろしいことですね。

ゆるやかな歩み、ゆるやかな音の移動、ゆるやかに溜まる疲労、ゆるやかな精神の発泡。ぼくらの生きている時間が地水火風の変化と物質的にからみあって流れてゆく状態を、もっとも鮮明に、ゆっくりと、しかし稲妻のような電荷をおびた尖鋭さをもって認識するためには、徹底した歩行以上にすぐれた経験が、はたしてあるだろうか?
(『狼が連れだって走る月』 「歩み去るチャトウィン」より)


 



――管さんは2009年から美術家の佐々木 愛さんと「Walking」というプロジェクトを続けています。

同じ土地を歩いて、僕が詩、佐々木さんは絵で、歩行を通じてそれぞれの土地から受け取ったものを作品につくっています。一緒に歩くことで、共通の理解が生まれているけれど、実際に感知しているものやアウトプットは全く違う。でも、緩やかなつながりと響き合いはあるという感じです。これまでに30ほど発表しましたが、いずれは64まで作品をつくりたいと思っています。

川崎市生田にて

管 啓次郎/Keijiro Suga

詩人・比較文学研究者
1958年生まれ。明治大学大学院理工学部研究科PAC(場所、芸術、意識)プログラム教授。2010年から『Agend'ars』『島の水、島の火』『海に降る雨』『時制論』の四部作を発表。他の詩集に『地形と気象』(暁方ミセイらとの連詩)、『数と夕方』など。読売文学賞を受賞した『斜線の旅』をはじめ『ストレンジオグラフィ』などエッセイ集のほか、フランス語、英語、スペイン語からの翻訳書多数。

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  取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎
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