患者と医師が対等な立場で治療を選択するプロセス
かつては医師がすすめる検査や治療法を拒否するのは、患者にとってとても難しいことでした。主治医以外の医師の意見を聞くセカンドオピニオンですら、いまだに自分にはできないと感じている人も多いでしょう。
ところが、実は医療者、特に医師と患者の関係、そして治療の選択の方法は大きく変わってきています(下の図参照)。
Emanuel, E. et al.: Four Models of the Physician-Patient Relati onship, JAMA 1992 、小泉俊三さんの資料などを参考に編集部で作成これには次のような背景があります。医療者には説明責任があり(日本では法的には努力義務)、医療者は「医療には常に不確実性が伴うこと」、「治療が複雑で高コストになっていること」なども説明して、患者に納得してもらわなければなりません(これがインフォームド・コンセントです)。
一方で、患者の側ではそれぞれの価値観や生活が多様化しており、医療者が一方的に、あるいは患者に「お任せします」といわれて治療方針を決めても、思いがずれているケースが多くなってきています。
そこで、EBMでいわれてきたように、客観的な医学的事実と、患者の価値観や希望、さらには生活の状態などの情報を患者と医療者が互いに出し合い、双方が納得して治療を選択する「患者と医療者の協働意思決定」(シェアード・ディシジョン・メイキング)が「良心的な医療者の間で新しい合い言葉になってきました」(小泉さん)。
例えば、抗がん剤の副作用として手のしびれが出る割合が高い場合、料理人のように手を使う職業の人であれば、それをあらかじめ知っておきたいところです。
ただ、年齢的に引退を考えているのならば、手のしびれが残っても、より効果が高いと思われる治療法を選ぶとよいかもしれません。このような双方的なやりとりで事前によりよい道を選択するのです。
また、子どもの結婚式、孫の出産、老親との旅行、定年退職といった大事な事柄があるなら、可能な範囲で治療日程を調整するべきです。病気を治すために大事なことを我慢し、後悔が残ることがないように、価値観や希望は自ら医療者に伝えるべきでしょう。
「シェアード・ディシジョン・メイキングは、医療者であるとか患者であるといった区別をなくすところまでを目指していて、ある意味、医療における意思決定の究極の形です」と小泉さん。
「病気やケガをしたときには、そのことで頭がいっぱいになるのはしかたがないのですが、患者さんの人生は治療のためだけにあるわけではありません。
自分の人生は自分で決めるという生き方がすすめられている時代、医療も自分の意思で選び、結果も納得して引き受けるという姿勢で治療選択に臨んでいただければと思います」。
命にかかわるような大きな病気やケガをしたときには、
(1)病気やケガそのものについて聞く・調べる
(2)自分の病状と見通しを聞く・調べる
(3)すすめられた検査や治療について、信頼度(効果の度合い)、リスク、その検査や治療によって、さらに多くの検査や治療が必要となることはないか、受けなければどうなるのか、費用を聞く・調べる
(4)自分の大事にしている事柄が検査や治療によって妨げられないかどうかを考える
といったプロセスを大事にしたいものです。
このプロセスを通して、医療者ともよく話し合うことで、自身が納得でき、医療者も応援できる治療へとつながるのです。自分の今の、そして未来の医療の場では、ぜひシェアード・ディシジョン・メイキングを意識してください。