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歌人の思考回路。俵 万智さん、“心が揺れるときに短歌が生まれる”のは本当ですか?(前編)

2018.11.20

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――俵さんは、歌を始めたときから恋の歌が詠みたかったのでしょうか。


詠みたくて、というよりは詠まされた……という感じですね。短歌は心が揺れるときに生まれるといいましたけど、心が揺れたというのは「あったこと」で、その揺れを伝えるために、歌詠みは手を替え品を替え、ことばを駆使して真実を伝えようとするし、真実を伝えるためなら嘘もつく。だから牧水の歌も、歌の表面だけを読んで、こうだったんだ……と受け取ると、誤ってしまうんです。ここに歌があるのは牧水の心が揺れたということ、じゃあ彼の心を揺らしたのは何だったのかと推理してゆくことが、今回、書いていておもしろいところでした。この本は評伝といいつつ、周辺の人にインタビューをするとか、新資料を発掘したわけではないのですが、牧水の短歌がどこから生まれたのか、歌詠み同士、相通じる部分があるので、その源を遡る感じで彼の心に迫れたらと思いながら書きました。

――文献、なかでも手紙の読み込み方が、手紙好きの俵さんならではと感じました。

牧水自身、手紙を宛てた友人に“これは心の記録だから取っておいてくれ”といっているし、手紙は短歌以上に本音が出ているので、それはすごく参考になりましたね。“短歌って日記みたいなものですか”って聞かれることがたまにあるんですけど、誰かに思いを伝えたくて書いて(つくって)いるという意味では、短歌は日記よりも断然、手紙に近いと思います。そうじゃなければ書いたものを、引き出しにしまっておけばいいわけで。

――手紙には牧水の思い込みの強さや、起伏の激しい感情が表れています。

思いを寄せていた小枝子との恋が上手く行かなくなり、感傷旅行に出かけた際に会った石井貞子に宛てた手紙や、後に妻となる喜志子に送った手紙などもすごいですよね。短歌は手紙に近いといいましたけど、手紙は一人の人に宛ててことばを尽くすので、熱量が違います。牧水って人を好きになる力がすごく強い人だったと私は思うんです。小枝子のことを詠んでいる歌も、小枝子を好きになっている牧水自身が、歌を通してまざまざと伝わってくる。きっと人を好きになる力がたっぷりあった人なんだろうと。


左から時計まわりに・『サラダ記念日』、『チョコレート革命』(ともに河出書房新社)、『オレがマリオ』(文藝春秋)。

 

――その辺りも、俵さんと牧水の共通点でしょうか。

そうかもしれません。私は人に対して、減点法ではなく加点法なんです。誰かと出会ったとき、最初はゼロで、そこからどんどん加点されて人を好きになってゆくタイプで、(人の)いいところを見つけるのも得意ですし。まず理想像がある人の場合、自分の理想と合っていないところを減点してゆくのでしょうけど、それよりも、私は加点法のほうがいいと思う性質(たち)で、牧水も断然、加点法の人だと思いますね。いい加減、ちょっと減点しろやってところでも、全然減点できていませんから(笑)。

 

――物事全般に肯定的というのは、思いを歌にする短歌の特徴なのでしょうか。

恋の歌に関していうと、伝統的には負の感情を歌ったもの、どちらかというと失恋の寂しさ、会えないつらさ、独り寝などを歌うほうが多いと思います。私はデビュー当初、批判精神が足りない、物事を否定的に見る眼がないと、そのことを奇異に見られていたので、短歌も負の感情を詠むほうが多いのかもしれません。でも、私は全肯定をやりたい派で、それは短歌の世界では、かなりチャレンジングなことなんです。



――歌を始めた頃からそういう気持ちだったのですか。

最初はそういう意識もなかったのですが、批判精神がないといわれたとき、何、その否定して何ぼみたいなのってどうよ、全肯定だって歌はできるという気持ちになって(笑)。人それぞれ嗜好の違いはあるでしょうけれど、私は、やはり歌にするなら、自分の発見した喜びを伝えたいんです。もちろん失恋の歌もたくさん詠んでいますけど、失恋の歌でさえ、失ってこんなに哀しいと思えるほどの人に出会えたことは喜びだと、どこかでそう思っている自分がいます。だって振られて哀しくないのは、相手がそれほどの人ではなかったということで、哀しみが深ければ深いほど、素晴らしい人だったという……そういう気持ちがあるんです。

――牧水の歌には寂しいということばが本当に多く出てきます。当時、小学生の娘さんが“お父さんは世界でいちばん寂しい人”と書いていますが、寂しさが桁外れに大きいからこその歌、という面はあるのでしょうか。

長女の岬子さんは文章も上手だし、父親のことをよく観察していますよね。“お父さんは世界でいちばん寂しい人”というのはすごいことばで、私もあれは居たたまれない気持ちで読みました。やはり牧水は、寂しさを抱えているからこそ、その寂しさを埋めようとして、ことばが湧いてきたのではないでしょうか。

――父を観察する娘のように、俵さんの息子さんも、母である俵さんの作品について、何か口にすることはありますか。

エッセイなどはちょこちょこと、特に自分が小さいときのことが書かれたものはおもしろがって読んでいるようです。ただ私にとって、歌もエッセイも発表したら作品なので、息子といえど、ひとりの読者という感じですね。彼も、歌人・俵 万智はお母さんじゃないものになっているという感じで見ているというか……。たとえば家にいる私は眼鏡をかけて普段着でいるわけですけど、今日みたいに化粧をしてスーツを着て仕事に行くとき、息子は“あ、これから俵 万智さん、しにいくの?”とかいうし、こちらも“正解! そうだよ”って(笑)。出版社の方から子どもが興味を持っているコロコロのカードをいただいたりすると、“あ、俵 万智さんだからもらえたんでしょう”とか。小学校低学年の頃から、そういうふうに観察しているところはありました。

日比谷にて

俵 万智/Machi Tawara

歌人
1962年大阪府生まれ。87年に刊行した『サラダ記念日』で現代歌人協会賞を受賞。2004年『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を、06年『プーさんの鼻』で若山牧水賞を受賞。これまで7冊の歌集のほか、古典の現代語訳や多くのエッセイ集を発表。近著に『ありがとうのかんづめ』『旅の人、島の人』など。

 

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取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎 撮影協力/レストランアラスカ プレスセンター店
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