●俵 万智さんの再読の書何のひねりもないんですけど、本当に再読している本を持ってきました、という俵さん。小説や児童文学は、10代、20代、30代と、時間を置いて読むたびに、気づくこと、ご自身がその読書体験から受け取るものが変化するそうで、逆にいえば、そうやって自在な読み方を許容する本がよい本ということなのだろう。
『子どもへのまなざし』 佐々木正美(福音館書店)子どもが人として成長する上で大切なこと、自律の仕方や社会性の身につけ方について、いろいろ書かれている本です。たとえばトイレが上手くできるまでそこにいなさい、と周囲がいってできるようになるのは他律で、子どもの自律を促すのは、何回失敗しても、できるまで根気よく待つことであると。あと、子どもは子ども同士の付き合いのなかで社会性を獲得するから、なるべく大人は関わらず、もし一人っ子なら、人の子を借りてでも遊ばせなさいとか。うちも一人っ子なので、それは実践して、石垣島では週末になると前触れもなく、7~8人子どもが来るような家でした。
圧倒的な自然のなかで子どもが野放図に遊び、地域のみんなで子育てをする。石垣島に留まったのはそういう環境があったからですが、これも佐々木先生の本を読んでいたからです。本当に母子手帳と一緒に配ればいいと思うくらい、この本は私のバイブルになっています。
『錦繍』 宮本 輝(新潮社)やっぱり手紙が好きなんでしょうね。これは書簡形式の作品で、とある事件で別れた夫婦が再会した後、手紙のやりとりを続けるなかで話が展開します。客観的な事実は変わらないのに、ふたりが手紙を通じて事件を辿っていくうちに、それぞれの人生において過去の出来事の意味合いが変わっていく、そのことにいろいろ教えられるんです。たとえば私が高校時代に失恋したことは変わらないものの、その意味合いは20代、30代で変わっている。時間をおいて読み返すから、細部は忘れているので、主人公たちと一緒に彼らの過去を再検討するおもしろさもあって。小説ではいちばん再読している作品です。
『星の王子さま』 サン=テグジュぺリ・著 内藤 濯・訳(岩波文庫)初めて読んだのは中学2年のときでしたが、『星の王子さま』には含みのある素敵なことばが多いので、その時々、気づくことがいろいろあります。最初は打算的だったり、恥ずかしさを忘れるためにお酒を飲んで酔っ払っている大人どもの滑稽さが残りましたが、20代のときは、バラの花への恋の気持ちにぐっときたり。最近では、象を呑んだ蛇の絵を見た大人に、“こんな帽子の絵を描いて”といわれてしまい、この子が絵描きになるのを諦めたところを読んで、大人が子どもの可能性を狭めていると感じたり……。読むたびに受け取るもの、新たな気づきがある本です。これは再読の書の定番といえるでしょうし、いろいろな方が翻訳していますが、私はやはり内藤 濯さんの訳が好きです。
日比谷にて 俵 万智/Machi Tawara
歌人
1962年大阪府生まれ。87年に刊行した『サラダ記念日』で現代歌人協会賞を受賞。2004年『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を、06年『プーさんの鼻』で若山牧水賞を受賞。これまで7冊の歌集のほか、古典の現代語訳や多くのエッセイ集を発表。近著に『ありがとうのかんづめ』『旅の人、島の人』など。
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎 撮影協力/レストランアラスカ プレスセンター店