京都らしい池政の店先
昔気質の京都の主婦は、それぞれ錦に行きつけの店があり、大村しげさんももちろん各店の特徴と品揃えを熟知。『京の食べもの歳時記』でなじみの店と、いつも買うものを詳しく紹介していました。
「京都らしいのは池政(柳馬場東入ル)の店先で、料理屋さん向きの細工野菜がいろいろある」と、同著のなかで野菜をいつも選ぶ店として、紹介したのが池政です。
昔と変わらない見事な細工野菜。10月の取材だったので、秋らしさが表されていました。素材と細工は、人参(松茸、菊花、もみじ)、大根(菊花)、子芋(六角)、南瓜(木の葉)、長芋(扇子)、子芋(松茸)。池政は1951年(昭和26)に、先代の店主が創業した野菜の専門店。お店を訪ねると、2代目店主の奥さま、女将の磯野秀子さんが、とびきりの笑顔で出迎えてくれました。女将は、いつも藤づるの買い物かごを下げて錦を歩いていた和服姿の大村しげさんの姿が、印象に残っているそうです。
記述にある細工野菜は、2代目店主が始め、毎年12月27日からの暮れの売り出しのときに、店頭で販売されていたもの。細工を施した野菜は店頭で水につけて売られており、持ち帰って炊くだけで凝った一品になることから家庭や飲食店で重宝されていました。
細工野菜がお店で食べられるようになった
しかし、大村しげさんの活躍した時代から時は流れ、池政には大きな変化が。現在、池政の野菜の販売は業務用卸のみとなり、お店はおばんざいの食べられる、いけまさ亭となりました。いけまさ亭は細工野菜が献立の主役。つまり、池政の店先で売られていた細工野菜を旅行者も味わえるのです。
場所は大村さんの活躍した時代と同じで、看板が「いけまさ亭」に変わりました。出される料理については「私の母に習った味」と女将。野菜は湯通しして丁寧にアクを取り、1品ごとに個別に炊きます。各野菜の風味を引き出す味つけに加え、煮るときの出汁がたっぷりと贅沢なのも特徴。
料理は手間暇をかけなくてはいけない。そして出汁が基本。これが女将の信条です。
そもそも、食事をしてもらえるようにと、お店の奥に飲食スペースを作ったのが14年前。その後、ランチを始めたところ評判となり、「夜もここで飲みたい」と常連から要望が寄せられました。現在、昼は季節の定食と丼もの、夜は一品料理が味わえるようになっています。
いけまさ亭は業務用の野菜の卸を行っているので、お店でも上質な野菜を手頃な価格で食べられます。こちらは栗かぼちゃ、子芋、人参、水菜、米なす、大根、長芋。「京野菜に親しんでほしい。若い人は野菜の旬も、調理の仕方も知らない人が増えているでしょう。野菜について知ってほしいから、調理法でもなんでも、どんどん聞いてください」(女将)
名物は京野菜を中心にした季節の定食
こちらが、いけまさ亭自慢の季節のお昼定食。献立は京都産を中心とした野菜を使用。現在は年中、多くの野菜が栽培されていますが、毎月、旬に合わせて献立が替わるため、いろいろな野菜を一番いい状態で味わえます。
季節のお昼定食1850円(税込み)。献立はさつまいもと人参のかき揚げ、炊き合わせ(細工野菜)、松茸ご飯、お吸い物、漬け物。写真は10月の献立で、内容は毎月替わります。 季節のお昼定食はプラス1000円(税込み)で、お吸い物を、松茸入りの土瓶蒸しに変更できます。土瓶蒸しが提供されるのは10月中のみ。「木の葉型のおかぼやら、亀甲に包丁をしたこいもやら、花ゆりねなど」(『京の食べもの歳時記』)と大村さんは書き残していました。おかぼは南瓜、亀甲は六角のこと。つまり、記述のうち2種類が、10月の定食の炊き合わせに入っていたわけです。特にこの数年、ものすごいスピードで変化している錦市場のなかで、昔のままの細工野菜に出会えるのは貴重な経験というほかありません。
池政で昔から続けられてきた細工野菜。現在では、買って帰ることはできなくなったけれど、おばんざいとして味わえるのは、むしろ旅人には好都合に思えます。京都旅行で錦市場へ足を運ぶ方は多いはず。大村しげさんが「京都らしい」と表現した池政改め、いけまさ亭の昔ながらの細工野菜を、ぜひ目と舌で味わってみてはいかがでしょうか。
Information
いけまさ亭
京都府京都市中京区錦小路通柳馬場東入る東魚屋町168
TEL | 075‐221‐3460 |
---|
営業時間 | 昼11時30分~14時(入店まで)、夜17時30分~21時30分LO(22時閉店が目安) |
---|
定休日 | 昼は火曜、夜は日曜・月曜・火曜 |
---|
川田剛史/Tsuyoshi Kawata
フリーライター
京都生まれ、京都育ち。ファッション誌編集部勤務を経てフリーライターとなり、主にファッション、ライフスタイル分野で執筆を行う。近年は自身の故郷の文化、習慣を調べるなか、大村しげさんの記述にある名店・名所の現状調査、当時の関係者への聞き取りを始める。2年超の調査を経て、2018年2月に大村しげさんの功績の再評価を目的にしたwebサイトをスタートした。
http://oomurashige.com/ 撮影/吉川寿博(トライアウト) 取材・文/川田剛史