認知症に無理なく対応するためのケーススタディー
ケース(1)
母親の物忘れが悪化し受診。医師は「年相応です」という。なぜ認知症と診断しないのか
母親(85歳)の物忘れがひどくなり、おかしな行動も目立ってきたので、認知症を心配して総合病院に連れて行ったAさん。
医師は問診と簡単なテストをしたあと、「この年齢でしたら、年相応でしょう」と説明するだけ。「認知症ではないのですか」と確認すると、「まあ、そういえなくもないですが……」と言葉を濁すのです。
困っているから受診したのに、年相応といわれても何の解決にもなりません。認知症の進行を遅らせる薬についての説明もなく、Aさんは何のための診察だったのだろうと不満を抱いています。
【患者の心得】
薬の使用がベストではない、との意図を込めている場合もある客観的には認知症といえる状況を、あえて明言しない場合、「医学的な介入をしないほうがいい」との意図が働いていることがあります。
「診断名をつけてしまうと認知症の薬を出す義務が生じる。それはこの患者さんにとって得策ではない」という医師の配慮といえるかもしれません。
認知症の薬は人によって効果がなかったり、効きすぎたり、また食欲低下、興奮状態、元気がなくなるなどの副作用もあるため、使う場合は定期的に診察を受けることが大事です。ご家族も、起こりうる副作用や、効果の表れ方をどこで判断したらいいかを確かめておきましょう。
ケース(2)
父のために頑張っているのに 「手を抜いて」という医師。 突き放されたように感じた
Bさんの父親(86歳)は、肺炎で入院したのをきっかけに、認知症が悪化してしまいました。社交的で勉強家でダンディだった父が、外出を嫌がりお風呂も入らず、ぼんやりとしている姿を見るのが、Bさんは悲しくてしかたがありません。少しでも元に戻ってほしいと一生懸命で、かかりつけ医にも頻繁に連れていっています。
ところが先日、主治医に「少し手を抜いたほうがいい」といわれてしまいました。Bさんは医師の言葉の真意がわからず、頑張りを否定されたようで怒りと悲しみでいっぱいになってしまいました。
【患者の心得】
「いろんな人の手を借りましょう」とのアドバイスと受け止めるこの場合の「手を抜きましょう」は、決してご家族の思いを否定したり軽く流したりしているわけではありません。一生懸命すぎると人は悲しみと怒りの感情に支配されがちです。
「元に戻ってほしいと思う気持ちの半分を、対応法や環境を変えることに向けたほうが現実的です。そのために福祉の窓口やケアマネージャーなどいろいろな立場の専門家の手を借りましょう」とのアドバイスと受け止めましょう。もちろん医師もその中の一人です。
一生懸命なのはご家族として当然です。怒ったりイライラしてしまう自分を「無理もない」と許す気持ちも大事です。
ケース(3)
あざの理由を聞くのはなぜ?
Cさんは同居の母親(82歳)の認知症介護をしています。主治医が診察中に、母の腕や足のあざの理由や、お風呂に入れていますかなどと聞いてくることが不快です。
【患者の心得】
「必要な確認事項」と割り切る家庭内で認知症の高齢者に対する虐待がないかどうかを念頭に置いた質問だといえます。ご家族を疑っているわけではなく、医療職の義務として必要な形式的な確認事項なのだと割り切りましょう。主に行政の介護職が行うことですが、医師も同様の質問をすることがあります。