オペラ演出家としては、2007年の米国サンタフェ・オペラでのタン・ドゥン『TEA: A Mirror of Soul』で北米デビュー。13年にはオーストリア・リンツ州立歌劇場でのモーツァルトのオペラ『魔笛』(13年リンツ、15年東京)で欧州デビューを果たした。――舞台版の演出は、オペラ版にも生かされているのでしょうか?
いえ。むしろ、自分の脳内にあったイメージをぶち壊すところから始めました。というのも、原作は長編小説で、読む人によって興味を持つポイントが違いますし、ましてやこのオペラは1976年に黛さんがルドルフ・ゼルナーの委嘱を受け、ベルリン・ドイツ・オペラのために書き下ろした作品。黛さんとドイツ人の脚本家が原作から選んだ場所は、別の原作を読んだのかと思うくらい僕とは違っていたんです。なので最初は正直、悩みましたね。オペラ版にフォーカスしつつも、自分が考えてきた原作のよさも入れたいと思っていたから。でも、黛さんが音で描いた世界観が想像していた以上に面白かったので、そこに入り込んでからは色々なアイディアが湧いてくるようになりました。
写真右が三島由紀夫、左が黛 敏郎。2人は友人でもあり、黛は三島に自ら『金閣寺』のオペラ台本を書いてほしいと依頼したが断られたという。その数か月後に三島は割腹自殺している。――具体的に、どう面白いのですか?
音楽性のある長いお経が、曲として3つも使われているんです。“お経オペラ”と命名したくなるくらい、お経が中心になっている。しかも、3つ目のお経は、黛さんの代表作の一つ『涅槃交響曲』でいちばん盛り上がったお経で、まったく宗派が違う(笑)。黛さんは、海外に日本の良さをどう伝えるかを考えたクラシック音楽界の先駆者の一人だと思いますね。その3つ目のお経には不思議なほどのカタルシスがあって、お経を聴いた溝口が金閣寺に火をつけると、その火の粉が宇宙まで一旦舞い上がり、渦巻いて溝口に迫ってくるように感じるんです。
――お経オペラ! まさに『金閣寺』にふさわしいですね。
そのお経をはじめ、溝口の内面、心象風景を、コーラスが歌います。僕はこのコーラスを、ギリシャ悲劇のコロスのように、とにかくできる限り舞台上に出したいと思った。その声の力で『金閣寺』にしかない壮大な世界がぶわーっと炙り出されてくるので。それをどうつくるかというところが、面白味でもありましたね。楽譜に起こされているとはいえ、意味のわからないお経の歌詞が続くので、フランス人のコーラスの人達はみんな“亜門、どうしたらいいんだ!?”と叫んでましたけど(笑)。