――話は飛びますが、作品の核に森鷗外を置いた近著『切腹考』は、20代のときに切腹をご覧になった話から始まっています。何かずっと同じテーマを追いかけている感じですね。自分のなかでいちばん大切なものを書いた作品が、『河原荒草』と『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』、そして『切腹考』で、それだけ時間もかけています。詩ってね、つまんないなと思ったときにぱっと出ちゃったりする、瞬間芸みたいなものなんです。だけど、私は一度、小説の世界に行ったことで、すごく学ぶことがありました。それはやはり詩も、先を見て、考えて、資料を集めて組み立てて、いろいろ想定しないと、瞬間芸だけでは書けないということで、小説から戻ってきて以降の詩は、すべてそうやって書いています。ただ、それも善し悪しで、ボンボン気持ちを散らしていた20代の私が、誰かにそうしろといわれてそうやって書いたら、その書き方に溺れて、詩を書けなくなっていたかもしれないと思うし。
――20代のときはエネルギーが湧き上がって、溢れていたのでしょうか。30代、40代、50代でそれぞれ違って、でもそれは、エネルギーというよりはホルモンだと、私は思うんだけど。12歳くらいからホルモンとともに物心がついて、私はホルモン過多で、いろいろ考えて、欲望を撒き散らしていましたね。30代で子どもを産むことのおもしろさに気づいたのもホルモンのおかげだし、もう産まないけれどまだホルモンはあるよ、というときに書いたのが『河原荒草』で、ホルモンが干からびかけたときに構築したのが『切腹考』だったのかなと思います。
――さっき詩は瞬間芸といいましたけど、そこに至るまでのエネルギーはやはりすごいものですよね。そうですね。ただ、今はこういう(※行分けした詩という意味で、指を上下に動かす)詩を書く気にはならなくて。近刊のエッセイ集『たそがれてゆく子さん』の最後に、行分けの詩を少し入れましたけど、これを詩集としてまとめようとはまったく思いません。これなら『切腹考』のほうが、詩の、ずっと尖ったところが出ているのに、なかなかそうは読んでもらえなくて、行分けのものを読んで詩と思われる。それが今、私のなかでものすごいフラストレーションなんです。
――やはりかたちの持つ力は強くて、行分けして書かれていればこれは詩だと、反射的にそう思う人が多いのかもしれません。詩って、何か書こうと思ったその目的地で終わってしまってはだめなんです。ここまで来た段階で、次を見て、何かそこにあるもの、自分でも何だかわからないものをゲットしないと、詩にはならないような気がします。
左上から時計回りで。『閉経記』、『ウマし』、『たそがれてゆく子さん』(いずれも中央公論新社)。――詩は、着地点があるものではないのかもしれないですね。今、大学で詩を教えていますけど、学生たちには詩を書くことは、高速道路で運転しているようなものだと説明しています。高速道路では、町で運転しているときよりもずっと先、何百メートルも先を見るように、詩も現世ご利益ではなく、もっと遠くを見るというか。私に自分が書くものに対する夢のようなものがあるとしたら、ギュンギュンにチューンアップしたいい車で高速道路を時速250kmくらいで飛ばして、走っているうちにステアリングとかが外れてヒャーみたいな感じになっても、とにかくそのまま走り続ける。そんな理想があるけれど、それはなかなか難しいんです。というのは私はコントロールができてしまう上手いドライバーで、『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』も、コントロールし尽くしているんです。でも、できるならそのコントロールをなくした状態で書きたい。『切腹考』はそこに行ったかなと思ったんですけど、最初の関門――詩なり小説なりとして読んでもらうことができなかった。『閉経記』や『たそがれてゆく子さん』をおもしろいといってくれる読者なら、『切腹考』もわかってくれるんじゃないかと思うんですけど、なかなか詩には来てもらえなくて。『切腹考』をエッセイ集とかいわれて、何であれが詩だとわからないんだと、私は地団駄踏みましたよ。
――読者も編集者も、カテゴリーにとらわれすぎているのかもしれません。出版社は、それは書店のカテゴリーだというけれど、それで私がどれだけ嫌な思いをしているか。ただ文学っていってくれればそれでいいのにって、ほんと、そう思います。
早稲田にて 伊藤比呂美/Hiromi Ito
詩人
1955年東京都生まれ。78年に詩集『草木の空』でデビュー。同年、現代詩手帖賞を受賞。『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞、紫式部文学賞を、『河原荒草』で高見順賞を受賞。『良いおっぱい 悪いおっぱい』で育児エッセイという分野を開拓。『新訳 説経節 小栗判官・しんとく丸・山椒太夫』や『読み解き「般若心経」』など、古典や経典の現代語訳を手がける。著書・共著・訳書多数。近著に『ウマし』『たそがれてゆく子さん』『先生、ちょっと人生相談いいですか?』など。
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎