2018年全日本選手権の翌日に行われたメダリスト・オン・アイスにて披露した「Krone」。髙橋選手が氷上で醸し出す静寂で濃密な空気に、会場中が酔いしれました。撮影/坂本正行(世界文化社 写真部)ーー怪我によるメンタルへの影響が気になりましたが。それが、怪我をしてもモチベーションが落ちていなかったので本当に安心したんです。そんな彼の感じがとても新鮮でした。4年前のソチ五輪の時は、義務感と責任感を肩に背負っていた上に右脛骨骨挫傷もあって。思うような演技ができない状況が続き、どうにもモチベーションが上がらなくてそこを動かすのが大変で……。見ているこちらもとても辛かったのですが、今回はメンタル的に充実しているので助かりますね。また怪我を重ねてしまうのが嫌だから、私のほうが「抑えて抑えて」とストップをかける役目なんです。いつもせめぎ合いです(笑)。
怪我を挟んで、合宿中ずっと2人でご飯を食べながらいろいろな話をしたのですが、「神様がプレゼントしてくれたの?」と思うような不思議な感じの時間でした。
ーー長光先生からご覧になって、4年前に現役引退を決められた当時の髙橋選手はどのように映っていましたか。2013/14シーズンは本当に毎日辛そうでした。こちらが頑張って、励ましすぎると向こうのやる気が逆に下がるようなことの繰り返しで。途中、ニコライ(・モロゾフコーチ)に喝を入れられて気合いが戻ったんですけど、その直後に怪我をしてしまったんですよね……。そのあたりから、正直いうとあまり記憶にないんです。特に2013年12月末に行われた全日本選手権のあたりは大輔の状態が心身ともに厳しかったから、辛すぎてあまり記憶になくて。でも、あれだけ満身創痍の状態で、よくあそこまで滑りきったなあと、今でも思います。ソチ五輪までにもう少し回復すると思っていたのに、彼の追い求める理想よりはるかに脚が動かない状況でした。そして、そこで前の現役生活は終わってますのでね……。今のほうが溌剌として、あの当時よりも5〜6歳若いような気さえします(笑)。
ーー長光先生は休養からの現役引退に賛成でしたか?いっぱいいっぱいの中で自分を追い込んでやっているのを、一番近くで見て誰よりも知っていたから、休養するという決断をしたのなら口を挟めることではないと。でも、少し休んで復帰するのではないかと、期待を込めて待っていたんです。2014年2月のソチ五輪が終わった後の3月に、さいたまスーパーアリーナで行われた世界選手権は07年以来の日本開催だったので、本人は出場したがっていたのですが、足の怪我の状態が心配で私が出場を止めたんです。あんな状況で無理をしたら、膝に負担がかかって本当に一生使えなくなる、滑れなくなってしまうかもしれないと思ったんです。まさか、本当に引退してしまうとは思わず……。私の中でも最大のミスリードでした。
ーーでも、あの世界選手権に出られなかったことが、今回の現役復帰につながっているのかもしれないですよね?そうなのかもしれませんね(しばらく考え込んで)。もし、そこですべてを出しきっていたら、第2現役期はなかったかもしれないですね。今回、彼が現役復帰を決めた根本的な思いは、きっとそういうことだという気がします。持っている力、想い、理想の滑りを表現しきれなかった。試合の時の緊張感って中毒性があるんです。とてつもなく怖いけれど、自分のすべてを出しきれた演技後の解放感はたまらない。どうしても忘れられないんですよね。彼の中にもその感覚はあるはずなので、きっと、中途半端なままだと感じていたのだと思います。