衣装協力/メゾン マルジェラ(メゾン マルジェラ トウキョウ)論破されながらも信じてやまないものがある
岩手県の花巻で生まれ育ち、農業技師や教師などを務めながら、詩や童話を創作した宮沢賢治。井上は、賢治の37年という生涯から、彼の転機となった4度の上京をピックアップ。
笑いとフィクションを織り交ぜ、それを夜汽車であの世に向かう亡霊たちが寸劇として演じるというスタイルで、評伝劇『イーハトーボの劇列車』を書き上げた。
「(台本を)読んでいると、井上さんの宮沢賢治への愛情を感じます。宮沢賢治作品の登場人物や言葉が、ストーリーと絡み合うようにちりばめられているところも含めて、すごく面白い」
物語の舞台は、上野行きの列車の中や東京での滞在先。法華経を信奉し、文学と音楽を愛し、“世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない”と考えて理想郷をつくろうと奔走する賢治は、そこで現実を突きつけられる。
「印象に残るのは、賢治の人間くささです。『雨ニモマケズ』から感じる宮沢賢治は、スーパーマンまではいかないけれど、どこかファンタジックで、理想像を書いた詩だとわかっていても、生身の人間ぽさがあまりない。
けれどこの(台)本の賢治は、夢にひた走って上京するたびに、いろいろな人に論破されてしまいます。
僕ははじめ、その場面を、打ちのめされてボロボロになってしまう感覚で読んでいたんですが、賢治には、それでも信じてやまないところ、完璧に論破されながらも揺るがない何かがある。それが稽古で見えてきました。自分の矛盾や違う考え方を受け容れながらも、そこを守りながら演じていけたら」
ちなみに、演出家の長塚さんとは、松田さんが前回出演した三好十郎作の舞台『冒した者』(2013年)に続いて、これが2度目のタッグとなる。
「圭史さんとは、いつかまた一緒にやりたいと思っていました。すごくシンプルな空間で、椅子を並べ替えることで場面転換しながら、ないものをあるように見せていく。『冒した者』では、そんな演出も面白くて、ある種、お芝居の原点を感じました」
松田さんがその舞台で演じた、超然として見えるほど飄々とした雰囲気と訥々とした語りの中に、底知れない虚無を漂わせた青年・須永は、まさにはまり役と絶賛された。
ユニークなのは、それなのに本番中に1日だけ、何の前触れもなく、少し方向性が違う須永を演じてみたこと。
自分も納得したうえで役づくりをしていたものの、台本を読んで感じたもう1つの須永像の存在が自分の中で大きくなり、どうしても1度、演じてみたくなったのだという。
「それだけあの役を身近に感じていたんです。やりきったときは、よし!という気持ちになりましたね。ただ圭史さんには、終わるなり、芝居を変えただろう?って詰め寄られました(苦笑)」