『鹿の王』の主人公で、オタワルの天才医術師ホッサルと、彼の恋人で、やはり医療に従事するミラル。このふたりが、強大な東乎瑠(ツオル)帝国の国教と結びついた清心教医術の発祥の地・安房那(アワナ)領へと招かれることから始まる物語は、次期皇帝選びをめぐる各人各様の策略と、タブー視される医術の問題が相まって、先の読めないまま進んでゆく。その展開について、
「私はプロットを立てないので、ホッサルやミラルと一緒に崖っぷちに立つことになるんです。この先どうなるかわからず、あるとき突然、何かの拍子に事態が転がって、あ、こうなるのか、と驚く。私がびっくりしているくらいだから、読者のかたたちも驚くのかも」と、上橋さんは笑う。
決してきれいごとではすまされない介護の現実と向き合う日々を経て生まれた物語は、“ミラルがいたから書けた”とも、上橋さんは続ける。
「この世のすべては変わってゆくし、そのなかで生きざるを得ないことを実感として知っている。どこか諦観をもちながらも、優しい心根で、おおらかに、人を救うとはどういうことかを見つめ続けるミラルが、執筆中ずっと私の心を支えてくれました」
『鹿の王 水底の橋』
上橋菜穂子 著/角川書店 1600円
オタワルの天才医術師ホッサルと恋人のミラルは祭司医の真那に招かれ、東乎瑠帝国の国教・清心教医術の発祥の地、安房那領へと向かう。東乎瑠帝国の有力者が安房那に集まるなか、次期皇帝候補の暗殺未遂事件が発生し......。 表示価格はすべて税抜きです。
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎 ヘア&メイク/逸見千夏
「家庭画報」2019年6月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。