建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭で、住み込みのメイドとして働く予定だった若い未亡人ラトナ。だが、式の直前に婚約者の浮気がわかり、結婚は破談。失意の底にいるアシュヴィンに気遣いながら、ラトナは彼の身の回りの世話をしていた。
口減らしのため、村から都会に出てきたラトナだったが、ファッションデザイナーになるという夢を持つ彼女は、仕事の合間に裁縫教室に通い始める。真摯に服づくりに励む彼女に、アシュヴィンは次第に惹かれてゆくが……。
恋愛をテーマにした映画は、ふたりのあいだにあるさまざまな障壁を目に見えるかたちで描いてゆく。
――御曹司と使用人の恋愛というだけでも大きな障壁なのに、ラトナは未亡人でもありますね。インドで未亡人がどういう状況にいるかを伝えたい気持ちは確かにありました。彼女たちが村から都会に出て仕事をするのは、未亡人になったという現実があるからです。ポジティブなラトナは、都会に来たことをファッションデザイナーになる=新たな道を開くチャンスととらえていますが、実際インドにおいては、未亡人は不公平な悲しい状況に置かれています。
男性は妻を亡くしてもすぐに再婚するのに、特に子どもがいる女性の場合は、たとえ上位階級であっても再婚することはほぼありません。私の友人の母親も、夫を亡くした後、2度とデートをしていないように、インドでは未亡人に対する社会的なプレッシャーが強いので、その事実を映画に取り入れました。
――現実的には、女性の状況はまだまだ厳しいようですが、映画で描かれるラトナや友人のラクシュミからは、ある種の強さを感じます。私の周囲の、インドの女性たちからインスピレーションを受けています。父権的で不公平な状況のなかで生き延びていかなければならない彼女たちは、来るか来ないかわからない変化を待っていることはできません。選択肢のない不幸な状況にあっても、人生をやめることができない以上、仲間との友情を通して笑いながら前に進んでいく、そんな彼女たちの姿を描きました。
――メイドに恋愛感情を抱く役に共感できるインド人の役者を探すのは難しかったようですが、アシュヴィン役はどのようにキャスティングしたのでしょうか。インドの役者だけでなく、インド系イギリス人の役者も含めてオーディションを行いました。キャスティングをする上で重要だったのは、英語です。ムンバイの上位階級の人たちは英語で教育を受けるので、ちょっとしたアクセントで、すぐにその人の階級がわかってしまいます。
地元ムンバイの演劇界でも役者を探しましたが、演技がよくてもその点で説得力のある人を見つけることができなかったんです。ヴィヴェーク・ゴーンバルは、インドとシンガポールの半々で生活しているのですが、撮影当時はムンバイにいました。私のなかでは彼は、映画『裁き』での弁護士役の印象が強くて、最初、勧められたときは、全然違うんじゃないかと思っていました(笑)。
インドでは上位階級の男性は、そこにいるだけで地位や立場を感じさせる立ち居振る舞いをするのですが、彼はその気配を表現できる人でした。オーディションにはティロタマ・ショームもいたので、2人によってどんな化学反応が起きるかを確認して、アシュヴィン役は彼だな、と。ヴィヴェークはダイエットをして体重も落として、私のイメージ通りの身体もつくってくれました。
――カンヌをはじめ海外で評価されましたが、やはりインドの人に観てもらいたい作品ですよね。ありがとうございます。確かにこの映画をインドの人に観てもらうことは、私にとってとても重要なことです。そこから対話が始まり、変化に向けての一歩になってほしいと、そう思っています。
Rohena Gera/ロヘナ・ゲラ
映画監督
1973年、インド・プネー生まれ。カリフォルニアのスタンフォード大学で学士号を、ニューヨークのサラ・ローレンス大学で美術学修士号を取る。96年にパラマウント・ピクチャーズで仕事を始め、助監督、脚本家、インディペンデント映画の製作や監督を経験。長編デビュー作となる本作は、2018年カンヌ国際映画祭批評家週間コンペティション部門に出品されGAN基金賞を受賞。現在は、フランス人の夫と娘とパリに拠点を置いて暮らしている。
© 2017 Inkpot Films Private Limited,India『あなたの名前を呼べたなら』監督・脚本/ロヘナ・ゲラ 出演/ティロタマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバル、ギータンジャリ・クルカルニー 2018年 インド・フランス合作
8月2日より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開