近江上布の絣が生み出す柔らかな表情
近江上布の大きな特徴は、絣糸の作り方にあります。絣のきものを織る多くの産地では、絣糸を作る際に設計図に合わせ糸を麻糸などで括り、防染して文様を織り出しますが、近江上布の産地・愛荘町では、この絣括りの工程を進化させた独自の技法が行われています。「櫛押し捺染」と「羽根巻き捺染」です。
「櫛押し捺染」は、絣糸になる糸を並べ、櫛形の道具の歯の部分に染料をつけ、糸に押しつけるようにして染めていきます。
この工程のために、設計図に合わせて、絣を染める位置を示す羽定規を作るという手間はかかりますが、一度作れば次に染めるとき手間が少なく早く染めることができるのです。
デザインを方眼紙に写して設計図を作り、1反分の絣を染色するところを示す羽定規を作ります。この羽定規をもとに、糸に印をつけていきます。絣を染める道具。木製の櫛状の歯側に晒(さらし)をつけ、染料を染み込ませます。布の上に張った絣糸に押すように染めつけていきます。この染色法により、多色の絣を織り出すことが可能になります。一方、「羽根巻き捺染」は、羽根と呼ばれる枠に麻糸を巻き、型紙を置いて織り出す文様を染めていきます。どちらも染め上がった絣糸を機にかけて織ることで、美しい文様が表れます。
「手おりの里 金剛苑」での「羽根巻き捺染」の染め。羽根という金枠に糸を張り、その上から文様を彫った型紙を置いて、染料を摺り込んで染めます。これは近江上布の生産過程で「櫛押し捺染」とともに開発された技法です。これらの技術がこの地で育まれたことは、夏の衣料としてかつて近江上布がどれほど流通していたかという証でもあります。現在では湖東地域で数軒の機屋が生産しているのみで、大麻と苧麻の糸を使った柔らかく涼しい近江上布は非常に貴重なものになっています。
染め上げた絣糸をまとめたもの。整経されて、機に仕掛けられ、織られる日を待っています。産地の人々が守り伝える織り技の、涼しくて心温まるきものは、次代に継ぐべき価値ある文化なのです。
〔特集〕常盤貴子さんが旅するきものの故郷 涼を呼ぶ夏きもので琵琶湖へ
表示価格はすべて税抜きです。
撮影/鍋島徳恭 ヘア&メイク/板倉タクマ〈ヌーデ〉 着付け/川上まり子〈市田美容室〉 小物スタイリング/岡本真規子 きものコーディネート・取材・文/相澤慶子 撮影協力/休暇村 近江八幡
『家庭画報』2019年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。