谷中の路地裏の古くて狭い、けれど味わい深い木造家屋に住む喜和子さんは、服装も言動もユニークで、家の2階にいる藝大生、かつて愛人だった大学の先生やホームレスの彼氏など、周囲にいるのも個性的な人たちばかり。
だが、自由で奔放に見えた彼女の亡き後、みんなで語り合ってみれば、それぞれが抱く喜和子さん像が異なるように、小説が進むにつれ、彼女の知られざる人生が見えてくる。
「誰でも関係性によって、相手に見せる顔は違うと思うんです。特に先生なんて、かなり自分の願望で喜和子さんを見ているけれど(笑)、彼女がどんな人だったのか、見る人によって印象が違うことで、立体的に浮かび上がる書き方をしたいと思いました」
“私”が書き進める《夢見る帝国図書館》に加え、樋口一葉を思わせる喜和子さんの創作や、幼い喜和子さんが上野のバラックで一緒に暮らした“大きいお兄さん”が書いた童話など、複数の作中作も、図書館愛を感じさせる、本書の魅力の1つだろう。
「最初に《夢見る帝国図書館》を構想したのは“大きいお兄さん”で、次に書こうとしたのが喜和子さん、でも書けずに“私”が書くことになったので、それぞれが書いた作品は必要だと思ったんです。
小説では図書館の本や、隣の動物園にいる動物たちもしゃべりだしますが、こういうことは小説じゃなければできないので、これも楽しんで書きました」
『夢見る帝国図書館』
中島京子 著/文藝春秋 1850円
上野公園で喜和子さんに出会った私は帝国図書館のことを書き始め......。日本初の帝国図書館と喜和子さんの過去が交差する長編小説。 表示価格はすべて税抜きです。
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎
『家庭画報』2019年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。