――訪問医療チームに同行した冬は、旅立たれる患者さんが多かったそうですね。覚悟を決めて臨んだとはいえ、患者さんたちの最期を撮影するのはつらい作業でした。今、息を引き取ろうとしている方にカメラを向けていると、一体自分は何をしているのかと、だんだん平常心でいられなくなってゆくんです。病院の近くに禅寺があるので、そこに駆け込んで平常心を取り戻せるようにと瞑想したこともありました。取材を受け入れ、撮影を許してくださった方々に報いるためにも遂行したいという気持ちがあったし、この現実を伝えることはミッションなのだと、そう自分を鼓舞して撮影を続けました。
――瞑想は、普段からされているのでしょうか。いえ(笑)、ただ祈ってはいますね。人の死って本当に不思議なもので、カメラを持っていると客観的になれるということもあるのですが、目の前の方からすーっと生気が引いていくのがわかるときがあるんです。患者さんの家に何度も足を運んでいると、そろそろお別れの時が近づいていることが感じられるというか。もちろんご家族の方々はずっと強く、そのことを感じていると思うので、そういうときは自分の気持ちをその場に合わせていきます。仕事としてではなく、ひとりの人間として、寄り添うのではなく気持ちを合わせる、それがいちばん大切だと思っています。
――見送るまでのプロセスがあるからか、取材したご家族は、お別れの際にも取り乱すことはなかったそうですね。自宅で長く一緒に過ごしているあいだに皆さん、最期の時間へとおのずと気持ちが向いていくのでしょうか。私が取材させてもらったご家族についていえば、取り乱す方はいませんでした。
――看取る側も、看取られる側も穏やかな姿は、人生をどうしまうか、観る側にとっても心の準備になると思いました。在宅での看取りには、これが正しいという答えがあるわけではありません。在宅死を目指していても、“おじいちゃんをひとりで死なせるわけにいかないから”と、親戚の方がご本人の意思に反して病院に入れるケースなどもあります。ただ答えは出なくても考えることは大切だし、残された時間をどう過ごしたいか、元気なときから考えて、お医者さんや周囲と共有することは大切なことだと思います。
取材をしていて感じたのは、看取った人の心にも変化があることです。病院ではなく自宅で長く共に時間を過ごしたのちのお別れなので、そのときは比較的落ち着いていても、時が経つと寂しさがじわーっと来て、少し欝状態になる方もいます。でも、四十九日を過ぎると、亡くなった方が向こうの世界に着いたこと、今も自分を見守ってくれていることを感じるといった心境の変化が訪れ、さらに半年ほど経つと、亡くなった方のことばかりを考えて日常を過ごすのでなく、自分で自分らしい人生を歩きを始めようという心持ちになってゆく。そういうお話をうかがうと、亡くなったらそれで終わりではなく、死者とどう接するか、そこまで考えることが在宅死ではないかと感じています。
――皆さんの、その後も気になります。私自身、ここまで深く関わらせていただいたので、取材が終わって番組や映画が完成したからこれでおしまい、とはしたくなくて。ひとりの人間としてお付き合いできればと、今も現場に通っているんです。患者さんとご家族に学ぶことが本当に多くて、いろいろ人生勉強をさせてもらいました。
下村幸子/Sachiko Shimomura
ドキュメンタリー監督
1993年、NHKエンタープライズ入社、主にドキュメンタリーを手がける。 BSプレミアム『こうして僕らは医師になる ~沖縄県立中部病院 研修日記~』で2013年度ギャラクシー賞選奨を受賞。2018年6月に放映されたBS1スペシャル『在宅死 “死に際の医療”200日の記録』で、2018年度日本医学ジャーナリスト協会賞大賞、放送人グランプリ2019奨励賞を受賞。この取材をもとに描いたノンフィクション『いのちの終いかた 「在宅看取り」一年の記録』(NHK出版)が9月10日に刊行される。
© NHK『人生をしまう時間(とき)』監督・撮影/下村幸子 プロデューサー/福島弘明 出演/小堀鷗一郎、堀越洋一 2019年 110分 日本映画 9月21日(土)より、渋谷 シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開
NHK出版 1500円