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菊乃井・村田吉弘【日本のこころ、和食のこころ】九月 重陽

2017.09.01

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「菊乃井」の由来とは-


今回はうちの屋号、菊乃井の由来もお話ししたいと思います。

うちのご先祖さんは北政所について大坂城から高台寺にやってきた茶坊主やったそうです。

そして後に、おじいさんの代になって、「菊水の井」を守るようになりました。この菊水の井は下河原にあり、現在うちのいとこが守っていますが、昔はこのあたりもきっと高台寺の寺領やったんでしょうね。


それに、この水は京都東山の名水でいちばん位が高く、正五位を持っていたと聞いています。この井戸を真上から見るとまるで菊乃井の紋のように見えるんです。

「菊乃井には、菊にまつわる器や道具類がようけあります」と、村田さん。

余談ですが京都に菊水の井は二つあって、もう一つは祇園祭の菊水鉾の町にあります。おじいさんはこの菊水の井の水で毎日料理をしていました。父の代、僕の代になってもずっとこの水を汲みに行き、この水で料理をしていました。「この水を使うてへんのに、菊乃井の料理とはいえへん。菊乃井の料理は水が基本や」と、おじいさんはいつもゆうてはりました。

現在はうちの敷地内を一八〇メートルボーリングして、水を汲み上げてそれを京都店でも東京店でも使っています。水質検査をしたら、菊水の井の水とまったく同じものでした。ですから、おじいさんの頃と水は変わっていないといえると思います。

そうそう、おじいさんや、おやじの頃は九月九日の重陽の日にお店にお得意さんを呼んで、観菊の宴を催したものです。陶淵明に「采菊東籬下 悠然見南山」〔菊をとる東籬(とうり)のもと、悠然として南山(廬山)を見る〕という詩があります。

この日はこの詩の掛け軸を掛け、この東籬を菊乃井に見立てて南山を望み、菊酒をいただくという趣向です。菊水鉾の鉾町のお囃子を呼んで、盛大にやったそうです。重陽の節句の頃はちょうど季節の変わり目です。夏の疲れが出て体調の思わしくないときに、菊水の井の水や菊酒で体の調子をよくしてほしいという思いもあったようです。

そうそう、うちは菊乃井だけに菊の意匠の器や道具は年中使っていいことにしています。だから、器はもちろん、掛け軸や屏風など菊の意匠のものはようけあります。おやじは「なんや菊はもっさりしているからあまり好きやないなぁ」といっていました。

確かに大輪の菊は料理屋や献立の趣向になじみませんが、野菊などははかなくて、可憐でいいものです。本日は虫喰いのあるようなちょっと侘びた風情の古染付に、ぐじの菊花和えを盛りました。

これで菊酒で一献なんて興趣がわいてきませんか?

菊の意匠の器。奥から、高台寺蒔絵煮物椀(二種)、一閑高台寺盒子、古染付菊中皿。

村田吉弘/Yoshihiro Murata

料亭「菊乃井」3代目主人。
京都の本店と木屋町店、東京の赤坂店の3店舗を統括し、この春に京都の本店の隣に、お弁当と甘味を供する「サロン・ド・無碍」をオープン。日本料理アカデミー理事長ほか数々の要職を歴任し、「和食」のユネスコ無形文化遺産登録に尽力。和食を日本文化の重要な一つと考え、世界に発信するとともに、後世に伝え継ぐことをライフワークと考える。

和食文化の面白さ、奥深さがわかる一冊! 菊乃井・村田吉弘さんの人気連載が本になりました

菊乃井・村田吉弘の<和食世界遺産>和食のこころ 村田吉弘 著

撮影/小林庸浩

「家庭画報」2017年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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