三遊亭金馬の人情噺で有名な「藪入り」。昔、商家では当たり前の風習でした。お盆と小正月の二回、奉公人が懐かしい家族のもとへ帰ることのできる大切な日。菊乃井には今でもこの風習が残っています。
藪入りの日のしつらい。掛軸は竹内栖鳳の「藪に雀」。雀を描かせたら天下一品の栖鳳らしい佳品。
花は唐物の竹籠に、あざみとうつぎを入れ、暑い日はたっぷりと水を打って。
うちの母はいまだに、藪入りの日にはお仕着せを与えて従業員を送り出します
「お仕着せ」というとなんや窮屈な、押しつけられたものという気がしますが、もともとの意味はちょっと違うんです。仕着せは四季施とも書き、商家の主人が奉公人に季節に応じてきものを与えることを指しました。藪入りいうて盆と正月(小正月)には奉公人を親元に帰す。そのときに主人が新しいきものやら、履物やらを与えたもんなんです。正確には旧暦の一月と七月の十六日がこれにあたり、七月は「後の藪入り」ともいったようです。一月の十五日は小正月、七月十五日はお盆。
それぞれ次の日が藪入り。奉公人が実家でも行事に参加ができるように、という意図があったようです。
今では藪入りだから……と、従業員を帰す商家はあまりないと思います。藪入りという言葉さえ知らない人がほとんどやないかな。けど、うちでは母が「昔からやってきたことやし」ゆうて京都の本店では昔どおりやってます。
藪入りの日は母が全従業員一人一人を部屋に呼んで、「あんたに合うと思うて見立てたんやで。着とうみ」といってポロシャツやカッターシャツなんかを渡します。これが先ほど申し上げたお仕着せですね。
「今の子はそんなん喜ばんで」といっても、うちの母にすれば「よそのお子さんを預かってる」という気持ちなんでしょうね。うちの従業員もちゃんと母にお土産を買って帰ってくる。それも、従業員の中でそうせなあかんで。という申し送りにでもなってるかと思ってたら違う。どんな若い子でも自主的にお土産を買うて帰ってくる。気持ちが通じてるんやな。
従業員それぞれが故郷からお土産を持参してくる。瀬戸内地方の子は小魚やかんぴょうといった乾物を。