従業員のことは僕なんかより母や女将さんのほうがようわかってますね。料理やそれに付随することは僕が教えますが、しきたり、礼儀作法といった人としての教育は母がしているようなもの。あるとき瀬戸内地方出身の子がお土産を買うてきたことがありました。懸け紙がかかり、そこにはわかめ、干し海老と書いてあって、結び切りの熨斗がかかってた。
早速母がその子を呼んで「あんた、せっかくもうて悪いけど、結び切りはお嫁に行くとき二度と戻ることのないように、縁切りという意味でっせ。懸け紙には粗品とかお土産と書くもんや。ちゃんと覚えとかんとこれから社会に出て恥かきますよ」と。
京都の上賀茂地方では、藪入りで帰郷した家族を巻きずしなどのご馳走で迎えたそう。 盆/漆器はたけなか
立ったままふすまを開けないとか、ふすま開けたら敷居を踏むな。畳のへりを踏んではいけないとか。若い子は緊張して足がもつれてこけたりしますけどね。
まかないの指示も母がします。毎日若い子が「何にしますか」と聞きに行きよる。「昼、炒めもんやったから、夜は煮魚にでもしとき。脂もんが続くと体に悪いで」とかいいながら、「あんた顔色よくないなぁ。大丈夫か?」だの、「ケーキもらってん。コーヒーでも飲んでいき。大将には黙っとけばわからしません」とか、コミュニケーションをとってるんやな。
従業員も僕にいいにくいことなんか母に相談しているようやしね。