©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reservedナビゲーター・文/小池昌代現代の中国には、民族・領土問題や公害問題、貿易摩擦など、様々な軋轢や課題が垣間見える。その国で、個々の人間はどんなふうに生きているのだろう。
本作で描かれているのは、21世紀の現代中国。舞台は山西省・大ダートン同から長江流域の奉フォンジェ節、そして新シンジャン疆ウイグル自治区のウルムチと、中国大陸を横断する。
冒頭のシーンは遊び人や渡世人がたむろする遊技場。女主人公、チャオには、ビンというやくざの愛人がいる。2人は若いが、はぐれ者たちをファミリーとして束ねている。情けと金と力に物を言わせる社会。日本で言うなら半グレ集団か。
チャオを演じる女優、チャオ・タオの顔に、私は最初、かすかな嫌悪感を覚えた。美しいが個性のほうが際立っていて、役柄のものか、生来のものなのか、そこには尖った自我が見える。
それは映画のなかで生命力にも狂気にも変化するような何かである。誤解を恐れず言えば、現代中国を体現するような顔とも言える。次第に眼を離すことができなくなった。
愛人ビンを演じるリャオ・ファンは、ひきしまった肢体と端正な顔立ち。渡世人独特の仁義に厚い、無口でりりしい男を渋く演じている。だがそれも束の間。彼が見知らぬ若者たちから、いきなり襲撃を受けるシーンは凄まじい。
暴力を肯定するつもりはまったくないが、突き抜けたエネルギーが充満していて、そこにもまた、現代中国がのぞく。
ビンのため、体をはって銃を使用し、奴らをけ散らかしたチャオだったが、捕らえられて刑務所へ。5年後、出所するも、先に出所したビンは、知り合いの妹を愛人にしていた。
よくある話だが、自信たっぷりなチャオだったから、観ているほうは、ここで初めて、チャオの味方になる。転落してからの彼女は、人をだましてでもたくましく生き延び、裏切ったビンは脳出血で半身不随。
2人は再会するが、彼女のほうが筋を通す人間で、元の恋人同士には戻らない。寝室は別。鍵もつけてある。いいぞ、チャオ。だが最後は、また1人という展開だ。
最後のほうで、防犯カメラにチャオが映る場面がある。素晴らしく斬新な撮り方だ。一昔前の西洋のポップスやダンスミュージックがかかるのも、ダサ面白くて、いい味になっている。
単にロマンチックな悲劇ではない。
小池昌代(こいけ まさよ)
詩人、作家。池澤夏樹=個人編集日本文学全集02『口訳万葉集/ 百人一首/ 新々百人一首』では、百人一首の新訳を担当。最新詩集は『赤牛と質量』。近著に『幼年 水の町』『影を歩く』。 『帰れない二人』
仁義の世界に生きる恋人ビンを救うため、自身を犠牲にしたチャオ。だが5年後、彼女が出所すると、彼には別の恋人がいて......。五輪開催の決定、三峡ダムの完成、四川大地震......21世紀の中国を背景に、すれ違う2人の愛を描く。
2018年 中国・フランス合作 135分
監督・脚本/ジャ・ジャンクー
出演/チャオ・タオ、リャオ・ファン、シュー・ジェン
公式URL:
http://www.bitters.co.jp/kaerenai/2019年9月6日より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開 取材・構成・文/塚田恭子
『家庭画報』2019年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。