「見えない力」に導かれるように生まれた『紅天女』
『紅天女』はまるで「見えない力」に導かれたかのように、神秘的なエピソードに彩られています。
「『紅天女』は不思議な経過を辿っています。『ガラスの仮面』の連載を始める前に、主人公・北島マヤがめざす究極の芝居をどうしようかと考えました。物語の最後にマヤが演じるのは、人間でないものにしたかった。ふと天女が思い浮かんだ瞬間、『紅天女』という言葉が現れました。同時に浮かんだのが、枝垂れた花の中に、打掛を羽織った黒髪の少女の姿。平安時代以降で、どうやら戦国時代前位だと、時代考証もよくわからない中で見当をつけました。枝垂れは桜では面白くない、そうだ梅の木の精にしよう! それも千年の梅の木だ! 紅梅の精! 時間にして3分あったかどうかの間に、『紅天女』は生まれました。
最初に浮かんだ紅天女のイメージ。 © Miuchi Suzueそして連載開始から5~6年が経った頃、梅の木の精と仏師との悲恋というイメージが浮かんできました。戦乱の世を鎮めるために仏師が仏像を彫るという設定はできていたのですが、その仏像の姿が見えぬままさらに時間が経ちました。
連載開始から20年が過ぎた頃、阪神・淡路大震災で被災した神戸の蔵元とご縁ができました。『大黒正宗』で知られるその蔵元にはかつて幻の名酒があり、その名が『梅乃樹』。酒を納めていた縁で、水戸藩主・徳川昭武公が蔵元を訪れた際、庭の梅の木に因んで名づけたそうです。私がうかがったとき、蔵元の奥さまが前日に偶然見つけたという写真を見せてくれました。セピア色にあせた写真に写っていたのは、観音像にしか見えない梅の古木の姿。びっくりして声も出せずに見直すと、梅の古木だというその姿は、大きな冠をかぶりスッと佇む高貴な女性そのものです。「これ、紅天女ですね……」と思わずつぶやいていました。
神戸の蔵元にあった、観音像のような梅の古木の写真。(写真提供/安福又四郎商店)実は、蔵元夫妻と初めてお会いするその日、胸にポンと飛び込んできた言葉があったのです。「紅天女のことを明かす……」と。あれほどイメージの湧かなかった“絵”が、「紅天女の仏像」が、ついに姿を現した瞬間でした。
『紅天女』にまつわる不思議な出来事はたくさんあります。『紅天女』のふるさとはここだと感じた聖地、『紅天女』と同じ伝説を持つ嵯峨野のお寺。『見えない力』(梅若 実 甲野善紀 大栗博司共著/小社刊)という対談集の中で詳しく披露していますので、よかったら読んでください(笑)」
『美内すずえ対談集 見えない力』(梅若 実 甲野善紀 大栗博司共著/小社刊)