すばりで表現するのは野暮。
行事によって“連想させる”教養を養う。
干支の伏見人形も毎年購入して十一体になったそう。ほかには、布袋さんやでんぼも売られている。
初午に限らず、うちでは行事を大切にしています。店の従業員にも折りに触れて行事を体験させ、その由来や意味を教えるようにしています。最近は行事をしないお家が増え、そのため、行事を知らない人が多くなっています。これは日本文化にとっては危機的なことです。
例えば、初午の頃でしたら床には宝珠の掛け軸をかける。なぜなら宝珠は狐を表しているからです。そのものずばりで表現するのは野暮なこと。初午だからといって狐の掛け軸はかけないわけです。連想させるということも日本文化の一つで、いわずともわかること、通じること、伝わること。これには教養が必要で、行事というのはそのなかでも大きなウエートを占めていると思うのです。
初午の日には円山応挙の宝珠の掛け軸をかける。李朝の青磁の花活けには白玉椿に梅を。
うちでは節分が終わって初午の前になると、前菜に小さないなり寿司を絵馬に見立てた杉板に載せてお出しします。これをご覧になって「初午いうてもまだ、寒いなぁ」とおっしゃるお客さんもおれば、「前菜にいなり寿司ってずいぶん庶民的やな」とおっしゃるお客さんもいる。料亭で料理をいただく楽しみというのは、もちろんおいしいものをいただくということですが、それだけではありません。そのまわりの趣向や季節といったものを味わってこその醍醐味です。
行事や季節感は子どもの頃の暮らしから自然と身につくこと。お家できちんと行事をなさること、真剣に考えていただきたいのです。
村田吉弘/Yoshihiro Murata
料亭「菊乃井」3代目主人。
京都の本店と木屋町店、東京の赤坂店の3店舗を統括し、この春に京都の本店の隣に、お弁当と甘味を供する「サロン・ド・無碍」をオープン。日本料理アカデミー理事長ほか数々の要職を歴任し、「和食」のユネスコ無形文化遺産登録に尽力。和食を日本文化の重要な一つと考え、世界に発信するとともに、後世に伝え継ぐことをライフワークと考える。
和食文化の面白さ、奥深さがわかる一冊! 菊乃井・村田吉弘さんの人気連載が本になりました
菊乃井・村田吉弘の<和食世界遺産>和食のこころ 村田吉弘 著
撮影/小林庸浩
「家庭画報」2017年2月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。