開業25周年を迎えるパーク ハイアット 東京の日本料理「梢」では、スペシャルアートプログラムである「マスターズ オブ アーツ」の一環として、能楽と長唄の共演と「梢」の料理長・大江憲一郎さんによる日本料理を堪能していただく演奏会が催されます。人間国宝で能楽大倉流小鼓方十六世宗家である大倉源次郎さんに、この演奏会の楽しみ方について伺いました。
パーク ハイアット 東京の「梢」にて小鼓を手にしている大倉源次郎さん。「料理」で身体を作り、「能楽」で心を育てる
──現代の日本では、邦楽と出会う機会は限られています。今回は能楽と長唄の演奏を聴くことができる貴重な機会ですが、この会にはどのような意味や思いがありますか?能は単なる娯楽ではなく、日本人のアイデンティティーそのものなんです。それを思い出していただくきっかけになればいいと思います。
一般的に能楽を知っている人しか能楽堂にいけないイメージがあるかもしれませんし、能は主役が面をつけて演じるので、生身の人間が演じていることが伝わりにくいようにも思います。
そうしたことが能を鑑賞することへのハードルを高くしてしまっているかもしれません。今回のようにホテルのレストランで演奏させていただくことは、能楽堂とは違う雰囲気でお楽しみいただけると思います。
どんなふうに演じているのか、あるいは演奏しているのかということを生身の役者さんや演奏家を通してご覧いただき、それが能や長唄との出会いの場になるという可能性を感じています。
日本の伝統芸能には私が携わっている能をはじめ、いろいろなジャンルがあります。その起源を辿ると、天照大神の岩戸隠れから始まります。世界が暗闇に閉ざされたときに、芸人たちが力を合わせて平和を祈ったことが発端となっていて、我々はそれに根ざして生きています。
芸に携わる人は皆、「世界平和」を願って、それを大切に思いながら演じ、奏でているのです。芸能の各ジャンルには、それ自体が形成された時代を映し、その時間に培われた空気を伝えています。能と長唄を聴いて、それを感じ取っていただけると、より深い味わいがあると思います。
澄み切った音色と絶妙なかけ声が、一気に場の雰囲気を変えてしまう。──演奏を聴く上で事前に知っておくべきことはありますか?演奏を聴く前に必要な知識など、全くないと思います。まずは能や長唄と出会った感動を味わっていただいて、ご自分自身と対話していただきたいですね。
これをお茶席に喩えるとわかりやすいと思うのですが、席入りをしたときに会話をしないのと同じことで、そこにあるお道具とまずは対峙して、その本質を捉えた上で自分と向き合う時間があって、そのことを楽しむのが茶席だと思います。
最初から道具の情報をすべて聞いてしまえば、それ以上の感動が湧いてくることはなく、ただ納得するだけで、本当には味わえないのではないでしょうか? しかし、情報がない状態で物と向き合えば、新しい発見が得られます。こう見た方がいいという知識が先に入ってしまうと、その知識から外れる感覚が湧いて出てきません。ご自身の感覚を研ぎ澄まして、聴いていただければと思います。