創業当初は鍋島藩のお抱え染め師だったという老舗呉服店・井筒屋さんは、芝から赤坂、そして昭和3年にいまの世田谷の経堂に移りました。そこで出会ったのが女優の沢村貞子さん。染め直しがご縁でお付き合いするうちに、やがて私物から衣装まですべてを任され、著書に「いわばコンサルタント」と井筒屋さんの記述があるほどです。
縞や江戸小紋など江戸好みの洒落ものは言うまでもなく、特筆すべきは、雛形となる秘蔵品の素晴らしさ。ほとんどが東京の職人によるもので、染めも刺繡も意匠も透逸。私もいつかその雛形からデザインしたお誂えを作りたいと胸が高鳴るものばかり。
秘蔵の雛形のひとつ。幔幕模様の色留袖の一部分。このような逸品から好きなところだけを写して、訪問着や付け下げをお誂えすることもできます。また、落ち着きのある茶や紫など、井筒屋好みの微妙な色出しは、まさに東京の色。言葉では表現が難しい部分を感覚的に共有できるのが、長い間愛されてきた所以でしょう。
洗練された紫色が目を引いた、先代店主プロデュースの雲模様の染め帯。塩瀬地にきれいに暈しを入れるのは技術が必要。金駒刺繡と雲にも刺繡が入って重みを演出。帯地26万5000円。井筒屋オリジナルの帯締め。これも東京のとある組紐職人によるもの。茶系や紫系はほかにない井筒屋好みの色出し。この微妙な色を探しに訪れる人も多い。