マエストロ・ムーティの白熱教室
言葉で紐解く「音楽の力」
音を紡ぐ指揮者は、タクトだけでなく言葉を介してそのイメージを演奏者に伝えなければなりません。指揮者という仕事を極めた世界の巨匠は、一体どんな言葉で若者たちにその真髄を伝えるのか。マエストロの白熱リハーサルに潜入してみましょう。
「大事なのはff(フォルティッシモ)よりもいかに繊細なpp(ピアニッシモ)を出せるかだ」
繊細な感情を宿している弱音こそ、よく聴いて出してほしいと説くマエストロ。父の娘への愛情、恐怖や不安など、人間の心の機微への深い理解が窺えます。この難しい音楽的要求に対し、指揮受講生・オーケストラは高い実力で応えていきます。
「まるで宇宙が泣いているかのように弾いてください」
『リゴレット』最後の、父が実の娘を誤って殺める場面で。これはただ一人の悲劇的体験ではなく、国や時代を超えて共有される感情であり、宇宙までもが憐れみをもって見守っているのだということを考えさせる言葉です。
「Mamma mia(マンマミーア)! それではまるでフランス革命だ! もっと人間味のある音を出して」
曲が盛り上がるff(フォルティッシモ)でつい大砲のような大音量が出そうになるところにひと言。感情が高揚した様子を人間味ある音で表現してほしい──それをオーケストラが理解した瞬間に音色が変わりました。
「指揮棒は、スパゲッティをかき混ぜるようにそっと」
過剰にタクトを振り回した、まるで自己陶酔するような指揮法は必要ない、余計なものをそぎ落としてこそ音楽の本質が見えてくると説くマエストロ。
ほかにも、「カジキマグロのような重たい歌い方はしないで」「僧侶がひと皿のスープを差し出すように厳かに」など、マエストロの言葉の引き出しは実に豊富でユニーク。
「あなたがた指揮者とオーケストラは一体なのです。私たちはオーケストラという“家族”なのだから」
“You are them, and they are you”――指揮者は自分の内側にあるものを外に出して、演奏者と共有すること。演奏者一人一人を家族のように愛すること。指揮者がオーケストラと一体化することの大切さを教えます。