©2018 Zeyno Film, Memento Films Production, RFF International, 2006 Production, Detail Film, Sisters and Brother Mitevski, FilmiVast, Chimney, NBC Filmナビゲーター・文/小池昌代荒々しさを秘めた風景が美しい。葉擦れの音が耳をざわざわと通り過ぎる。舞台は、港町チャナカレを始めとするトルコの都市。
3時間を超える大作だが、映画の中には風が流れていて、停滞や重苦しさとは無縁である。むしろ自由な破れ目があり、それが私たちの想像力を羽ばたかせる。
中核をなすテーマは父と子の軋轢だ。息子シナンは作家志望で、父イドリスは、教師でありながら賭け事が好き。家族はバラバラ。皆、孤独を抱えている。
ストーリーとは一見、無関係に映し出されていく物象の数々が心に深い陰影を刻む。それらはやがて、テーマに巻きつくように絡み合いながら、動輪となって映画を動かし、作中には、次第に太い丸太のような時間が育ち始める。
いつか水が湧くと父が信じて掘り続ける井戸、売られた犬の寂しげな目、宗教談義をしながら延々と土の道をゆく3人の男、長く垂れ下がった紐、横たわるイドリスの頰に這うアリ、アリは別のシーンで、眠る赤ん坊にもたかる。
後半、衝撃的なカットが突如、現れたりするが、夢なのか現実なのか説明されない。どちらでもあり得よう。観る方も「際」をたゆたいながら、いつしか半眼の心境になる。私は私の眼が、風景の中を、自由自在に旅するのを感じていた。
ここに登場する人々は、皆、演じる前に生きているといった風で、誰もが欠点や歪みを抱え、誰もが無愛想、誰もが暗い目で自分を生きる。立ち止まり、後退し、自分を持て余し......。
井戸を掘り続けるイドリスは愚か者だが、ついに水が湧き出たなどという安易な救済は、この映画には用意されていない。
それでもシナンの処女小説は、ようやく一冊の本になった。題名は「野生の梨の木」。全く売れず、兵役から戻ってみると、自作本の包みは家の片隅に追いやられ、雨に濡れて黒かびが生えていた。
誰にも読まれなかった小説は、本当にただ一人の人にも読まれずに終わったのか。野生の梨とは、どこかグロテスクな風貌をした、私たちの生の姿。そしてすべての人間が内奥に持つ、生の種子なのだと思う。
小池昌代(こいけ まさよ)
詩人、作家。最新詩集は『赤牛と質量』、近著に『幼年水の町』『影を歩く』など。最新刊は小谷野 敦氏と名作文学について語り合った対談集『この名作がわからない』。 『読まれなかった小説』
大学を卒業し、トロイ遺跡に近い故郷に戻ったシナンは処女小説の出版に奔走するも、誰にも相手にされない。教師の父親イドリスは競馬好きで、あちこちからお金を借りている。相容れない2人をつなぐのは、誰にも読まれないシナンの小説だった......。
2018年 トルコ・フランス・ドイツ・ブルガリア・マケドニア・ボスニア・スウェーデン・カタール合作 189分
監督・脚本/ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
出演/アイドゥン・ドウ・デミルコル、ムラト・ジェムジル
公式URL:
http://www.bitters.co.jp/shousetsu/新宿武蔵野館ほか全国公開中 取材・構成・文/塚田恭子
『家庭画報』2020年1月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。