「日本には豊かな自然があるから、お正月があるんですね」(土井善晴さん)
土井さんのあん餅雑煮の話に驚く中村さん。東京出身の中村家は、鶏肉とかまぼこのおすまし雑煮。神様のために手をかけるおせち料理
土井 暮れにできるだけ掃除をしますが、日常でも玄関が汚ないと悪いものが入ってくるといわれます。きれいにすることで神様と手をつないで、目に見えないものにご挨拶していると感じて、安心できるんです。
中村 それをいちばんしっかりやるのが年末。次の1年間、見えないものにご挨拶しながら暮らしましょうっていうことですね。
土井 刺し身は「おつくり」といいます。その字は“にんべん”の「作」ではなく“しんにょう”の「造」。醸造の「造」もそうですが、人間が作ったものではないという意味なんです。
中村「作る」というと、機械など人間が作るという意味合いが強くなります。でもお魚は、生き物として生まれてきた存在。お造りは、生き物を上手に生かしましょうという気持ちなのですね。
「おせちには、日本人ならではの美意識や文化を感じます」(中村桂子さん)
三つ肴をいただいた中村さんは「おいしい」と満面の笑み。「たたきごぼうが白くて清らかですね」。土井 お正月などハレの料理は、神様のために人間が作っているのです。だから手をかけて姿よく整えます。神様へのお供えを作って、それを神様と一緒にいただく。神人共食というわけなのです。人間だけが食べるものなら、素直に料理すればいいのです。
中村 手をかけるという言葉は、生命誌で大切にしています。現代は便利さがもてはやされて、手を抜くのが賢いということになっていますが、手をかけるところに喜びがあるのが人間の特徴。人間はほかの生き物にはない手を持ち、手があるからお料理もできる。手をかけるって、とても人間的な言葉だと思います。
土井 ゴリラが料理したら面白いけど、しないでしょ(笑)。人間が2足歩行になったときからやり続けているのは料理です。料理することは最も人間らしいことです。
中村 手をかけることに喜びを感じる生き方をしないと、何のために生きているのかわかりません。
土井 お正月は、手をかけることの意味を思い出させてくれるいい機会だともいえます。
中村 なるほど。神様と一緒にという気持ちが大事なのですね。
土井 お重にまとめるのは、1つのところからみんなが食べること。お餅も、1つの臼からみんなに分け与える。何か目に見えないものとのつながりを感じ取る力が、日本人にはあるんでしょうね。
「和」に思いを重ねる2020年の新年
中村 お正月のお料理には、和(あ)え物ってありますか?
土井 なますも1つの和え物で、和という字を書きますね。
中村 和えるという言葉は、日本文化を表していて好きなのです。和といえば平和で、みんな仲よくしましょうということです。でも世界中、ごしゃごしゃに混じることはできない。和え物は、一緒にあるけれどにんじんも大根もそれぞれのお味が生かされていますね。
土井 西洋のフレンチの“混ぜる”は、マリアージュして別のものを生むこと。和えるというのは、それぞれの素材を生かして、互いに引き立て合います。日本は「混ぜない」文化なのです。お煮しめも、おすしの具も、食材を混ぜません。
中村 おせちのときだけは、面倒嫌いの私も1つずつ別々に煮ます。
土井 お正月のハレのお料理いうのは、そこなんです。
中村 いつもと同じもののようだけれど、1つ1つを大事にして。
土井 とても日本的です。
中村 新しい令和の年号にも和が入りました。和を生かしたいです。私ね、そっといいますが、昭和11年1月1日生まれなんです。
土井 いやあ、日本中が祝ってくれる。素晴らしい。代表して、まずおめでとうございます。
中村 願うのはやはり平和です。みんなで仲よく幸せに生きたい。
土井 日本人ならではのお正月の迎え方をあらためて見つめて、そして1年頑張ろうね、無事に終わってよかったね、という年にしたいものです。