札幌の地で、最高の走りを！
男子マラソンの世界記録は現在、2時間1分39秒。ケニアのエリウド・キプチョゲ選手が2018年のベルリンマラソンで出した記録です。一方、日本記録は大迫傑選手が同じ2018年のシカゴマラソンで出した2時間5分50秒。
タイムだけを見ると、日本と世界の間にはかなりの差がありますが、勝負においては、自己ベストが一番速い人が勝つとは限りません。高温多湿の東京で走ることを前提に準備を進め、オリンピックとほぼ同じコースで代表選考会を勝ち抜いた日本の選手たちは、大きなアドバンテージを得たと思われていました。
ところが、11月1日、マラソンと競歩の開催地を札幌に変更することが正式に決定。きっかけは猛暑のドーハで開催された世界陸上選手権のマラソンで棄権者が続出したことでした。さまざまな意見がありますが、選手の安全を考えればやはりいいことなのでしょう。大会まで1年を切ってからの急な変更に複雑な思いを抱いた選手やコーチも多かったと思いますが、みなさん、気持ちを前向きに切り替えられて立派だと思います。
札幌開催になったことで、日本人選手にまったくアドバンテージがなくなったかといえば、僕はそうではないと思っています。一つは、事前に札幌のコースを何度も走ってみることができるということ。現地に行くことで、データではわからないことに気づけるはずです。
そして、札幌のみなさんの応援があるということ！ 間違いなく、大きな声援を送ってくれるはずです。ぜひそれを力に変えて、最高の走りを見せてほしいです。
選手と代表内定のデリケートな関係
選考会はときとして、オリンピック以上のプレッシャーをもたらします。僕は何度も選手たちから「選考会のプレッシャーを乗り越えてきたので、オリンピックではそこまで緊張しませんでした」という言葉を聞きました。それほど、選考会は選手にとって大きな意味を持っているのです。
水泳の瀬戸大也選手は前回のリオ大会に続き、今回も早々に内定を得ましたが、実は前回は選考会のプレッシャーから解き放たれて心に緩みが出てしまい、本番で「気持ちのずれ」のようなものを感じたといいます。そして、結果は400メートル個人メドレーの銅メダル。
金メダルを目指していた瀬戸選手にとっては悔しい結果だったと思いますが、早々に内定した選手が実力を発揮できなかったケースはこれまで度々目にしてきました。
それでも、選手たちに早い時期に内定を出すことの是非を尋ねたら、ほとんどの選手が賛成と言うでしょう。特に本気でメダルを狙う選手にとっては、早くに内定を得て、オリンピックにピークを合わせた練習に専念できるのは大きなアドバンテージです。瀬戸さんも今度は2回目ですから、前回よりもうまく調整できるはずです。
もう一つのよさは、周囲の応援をそのまま自分の力にできることです。いくら代表入りが確実視されている選手であっても、内定前に「オリンピック、がんばってください！」と声をかけられたら、「まだ決まっていないので」といったネガティブな言葉で対応せざるを得ません。内定後なら、「はい、がんばります！」とはっきり答えて、応援してくれる人のパワーをしっかり受け取ることができます。
最近、代表に内定した選手のニュースを目にするたび、過去のオリンピックとは比較にならないほどの注目度だなと感じています。それだけ、地元で開催されるオリンピックに出場するのは特別なことなのですよね。これからも続々と行われる代表選考会に、ぜひ注目していきましょう！
コラムの締めは毎回、僕のメッセージを凝縮した一文字の書。”心”がすべての根っこにある！という思いをもとに書いています。第9回は「代表心」。代表に内定した選手たちには、悔いの残らないよう、本番までの日々を大切に過ごしてほしいです！ 松岡 修造 SHUZO MATSUOKA
1967年東京都生まれ。86年にプロテニス選手に。95年ウィンブルドンでベスト8入りを果たすなど世界で活躍。現在は日本テニス協会理事兼強化本部副本部長として、ジュニア選手の育成とテニス界の発展に尽力する一方、テレビ朝日『報道ステーション』、同『TOKYO応援宣言』、フジテレビ『くいしん坊！万才』などに出演中。近著に日めくり『まいにち、新・修造！』。東京2020オリンピック日本代表選手団公式応援団長としても活動中。
公式サイト>>撮影／鍋島徳恭 スタイリング／中原正登〈FOURTEEN〉 ヘア＆メイク／井草真理子〈APREA〉 取材・文／清水千佳子 衣装協力／KONAKA
