羽織・きもの一式/すべて銀座もとじ 男のきもの若尾文子さんの言葉に背中を押されて
順風満帆に思えた俳優人生に影がさした低迷の時期。ところが縁は異なもの。
人との出会いによって、人生の新たな扉を開いてきた草刈さんに、またも次なるステージへと導く言葉を投げかけてくれる人が現れます。
「ドラマでご一緒した若尾文子さんが、僕の状況を知ってか知らずか『あなた、舞台やりなさいよ』といってくださった。演技の勉強すらしたことのない僕にしてみれば、実力が問われる舞台に立つなんて考えられないこと。でも若尾さんは『たっぱ(身長)もあるし、映えるかもしれないじゃない。簡単に考えればいいのよ』と。
その言葉が残っていたから、舞台のオファーが来たとき、思いきってやってみることにしました。実際、仕事にも困っていましたから。初めての舞台(『ドラキュラその愛』)は大変でしたが、とにかく3時間やりきったことが自信にもなったし、何より舞台が結構好きだと思えたんですよね」
「17歳で東京へ。何としてもこの世界にしがみつこうと思った」
舞台で得た自信は、ドラマや映画といった映像の仕事にもフィードバックされ、以降、舞台と映像を両輪にさらなるキャリアを重ねていきました。
資生堂のCMで知名度は全国区に
1970年に資生堂が初めて発売した男性用化粧品「MG5」のCMに大抜擢され、専属モデルとして資生堂の顔となる。日本中を虜にした甘い眼差しを、とくとご覧あれ!写真提供:資生堂しかし、内には密かにくすぶる思いも。
「舞台では2番手、3番手のいい役をやらせてもらっていたけれど、フィルムのほうは、そうもいかなくて。若いときは主役をやらせてもらったいい記憶もあるし、やっぱりフィルムが好きなのかな。欲もあるんだな。」
「ブラバス」シリーズでは、ジャズミュージシャンの渡辺貞夫さんと共演し、名コンビぶりを発揮。ストーリー性のある映像も、毎回話題の的に。写真提供:資生堂「もちろん、どの仕事も一生懸命やらせていただいたけれど、どこかさみしい気持ちが拭いきれない。そんな時期が50代終わりまで続きました。
でも僕は、絶対に辞めるまい、と思っていた。どんなことがあっても、この仕事にしがみついてやるという決心だけはついていた。それだけ、この仕事が好きだったんだと思いますし、ほかにできることも僕にはなかった」
60代になって人とのつながりを強く思う
迎えた60代。貫き通すと決めた役者の道を大きく照らす、もう1つの出会いが待っていました。
「三谷幸喜さんの『君となら』という舞台に呼ばれまして、僕の役は下町のなさけない理髪店の親父。これ、初演のときは角野卓造さんがやられた役で、なんで僕?と思いましたね(笑)。でも、三谷さんという人は俳優さんが大好きで、本当によく見てる。台本はもちろんだけれど、キャスティングがじつにおもしろい。
三谷さん、僕の芝居も相当見てくださったらしいです。演じるうえで裏切りたいという思いはずっとありましたし、昔は二枚目のレッテルを貼られるのが嫌で、ずいぶん突っ張りもしたもの。だからありがたかったですね」
ダンディなたたずまいからにじみ出る妙なるおかしみ。
三谷さんは「二枚目俳優」といわれ続けてきた草刈さんからコメディの才能を引き出し、草刈さんもまた見事に応えてみせたというわけです。
大河、朝ドラで再び注目を浴びて
60代にして新境地を開くこととなった『真田丸』での真田昌幸役。衣装や数々の決め台詞はSNSでも大いに盛り上がりを見せ、草刈さんの再ブレイクを決定づけました。(2016年)写真提供:NHKそして、お2人の関係は、一世一代の当たり役、『真田丸』の真田昌幸へと続きます。
「昌幸っていうのは、本当におもしろい役でね。凄みがあるんだけど、お茶目でいいかげんなところもあって。いやあ、思いきり楽しみました」
開拓者の屈強な精神と深い愛情を併せ持つヒロインの祖父を演じ、またも視聴者を釘づけにした『なつぞら』での草刈さん。『真田丸』のスタッフも集結し息もぴったり。(2019年)写真提供:NHK真田昌幸を語る表情には、放映から3年を経た今も生き生きとした輝きが宿ります。
それもそのはず。草刈さんが演じる人間味たっぷりの戦国武将に老若男女が魅せられ、その熱演は、草刈正雄という役者に再びブレイクをもたらす紛れもない一大転機となりました。
「60過ぎて、自分の身にこんなことが起きるとは、思ってもみませんでした。あきらめないでよかった」
「2020年で、芸歴50周年。年を重ねるのも、まんざらでもない」
来る2020年には、芸能生活50周年を迎えます。「僕は、こういうチャレンジをしたいっていうのはなくてね。僕をこういうふうに料理したいという人が呼んでくれる、それが楽しみなんです。
1人で生きてきたみたいに突っ張ってもきましたけど、やっぱり人との出会いが大きい。
人と人とのつながりを思うと、また楽しくなる。
年を重ねるのも、うん、まんざらでもないですね(笑)」
撮影/伊藤彰紀〈aosora〉 スタイリング/池谷隆央〈Calledge〉 きものコーディネート/相澤慶子 着付け/小田桐はるみ ヘア&メイク/山口公一〈SLANG〉 取材・文/河合映江
『家庭画報』2020年1月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。