ヴェルサイユ宮殿タピスリー工房 ローラン・ジャナンさん
芸術工芸の専門高校卒業後、5年間の修業ののち、文化省所属の職人に。2014年からヴェルサイユ宮殿勤務。職人養成機関で教鞭もとる。写真は馬のたてがみをほぐすジャナンさん。機械は1900年頃のもの。【椅子張り】
クッションは馬のたてがみ。伝統技法で修復される椅子
宮殿のチャペルの中庭に面した一角にある、おもに椅子張りなどを担当するタピスリー部門の工房。
椅子のクッションの中材を作るところから、「パスマントリー」と呼ばれる、クッションにつける布飾りの製作までを担います。
修復中の椅子。上部が馬のたてがみのクッション。「ヴェルサイユ宮殿に置かれている椅子は、それらが作られた当時の手法で修復されています。クッションの中材には現在も馬のたてがみを使い、縄状に撚って熱を加えたものを古い道具でほぐして敷き詰め、麻布をかぶせて手縫いで縫い留めます」と、この工房で働くローラン・ジャナンさん。
サロンの椅子。肘掛けにもクッションが入っている。「たとえば椅子は、家具職人から受け取ったフレームにクッションを張って金箔職人に渡し、装飾がほどこされ戻ってきたのちに仕上げをする、という流れで製作や修復が行われます。王妃の館のサロンの椅子や長椅子などの製作には、約1年かかりました。宮殿内の美しい環境の中で仕事ができて快適ですね」。
リヨンの工房で特別に織らせた黄色いシルク地にインディゴのリボンを直線的に縫い付ける技術は、
コードさんも絶賛の仕上がりに。
壁絵修復アトリエ マリー・ル・カールさん(右)、クレール・ラキャリエールさん(左)
布絵を専門とするル・カールさん。演劇のコスチューム製作なども行う。アシスタントのラキャリエールさんは、大学で絵画の修復を学んだそう。【壁面装飾】
元絵を参考に細密に手描きする壁絵
ヴェルサイユ宮殿の修復は、基本的には宮殿内の工房で働く公務員の職人が手がけますが、「王妃の館」のサロンに掛けられた壁絵は、自身でアトリエを営むマリー・ル・カールさんの手に委ねられました。
「壁絵のオリジナルは、マリー・ルイーズの時代、1811年にアントニー・ヴォーシュレによって描かれたもの。目の前に池がある王妃の館は湿気がこもりやすいため、第一帝政時代以降はグラン・トリアノンに移されていましたが、そこで水害に遭ったようです。今回の修復のために検査したところ、随所に水のしみがあり、折り目の絵の具がウロコのようになって剝落していました」。
シルクサテンに絵の具で描かれているため、作業は絵画の修復とほぼ同じだという。「和紙はしっかりと接着されるので、今回の修復には最適な素材でした」とル・カールさん。ル・カールさんの仕事は、しみを取り、絵の具の剝落を補い、仕上げをすること。
「実際に手を動かす前に、修復の手法や使う材料などの吟味に長い時間が必要でした。結果、顔料を使って色を補うのに和紙を用い、チョウザメの内臓を原料とした糊で貼りつけました」。
全部で16枚の絵を約400時間かけて修復。
「作業中は黄色い絵が並び、このアトリエが“王妃の館”のようでした」と振り返ります。
ヴェルサイユ宮殿家具工房 エリック・ドゥ・メイエールさん
家具製造の職人を経て文化財修復のための特別な試験を受け、ヴェルサイユの宮殿家具工房に。家具職人として40年近く働いているそう。【家具】
釘や金具も丁寧に保存しあらゆる技法で家具を甦らせる
薄い木の板をカットして模様を作ってはめ込む「マルケトリー」の手法を実演してくださったエリック・ドゥ・メイエールさん。機械も工房で自作したものです。
「修復する家具の時代に即した仕上がりになるのであれば最新のテクニックも使いますが、マルケトリーに関しては、レーザーカッターではどうしても角が甘くなってしまうため、手動で力の入れ具合を調節できるこの機械を使います」。
工房内のキャビネットの引き出しの中。修復を待つ家具に使われていた装飾金具はおろか、釘1本まで、どの場所で使われていたのかも含めた記録とともに保管されている。王妃の館の家具の修復に関しては、表面の仕上げが課題だったそう。
「王妃の館といえども田舎家という設定の建物に置かれた家具なので、つやを出すか出さないかといったことを、意見が一致するまで学芸員と協議しました」。
なかにはベッドの天蓋のように失われたものもあり、同時代の城を調査し、タピスリーの担当者と、布のドレープの具合などを相談して新たに製作したそう。
「3年間にわたる修復期間の初期に手がけた家具は記憶が薄れかけていたのですが、すべての修復が完成し、実際にあるべき場所に置かれた姿を見て、このために自分は仕事をしたのだと感動しました」。