『逃亡小説集』吉田修一 著/角川書店 1600円ナビゲーター・板谷由夏(いたや ゆか)自分の置かれた状況から逃げようとする――そんな4人を通じて現代社会を映し出す、吉田修一さんの『逃亡小説集』。人々の好奇心を刺激することに重きを置く事件報道や、その裏にある世間の理不尽さを突く作家の視点が、映画『楽園』の原作、『犯罪小説集』から連なる作品。
吉田修一さんの小説は、読んでいると、場の気配が伝わってきます。
これは仕事柄かもしれませんが、吉田さんの小説は、自分でカット割りまで考えてしまうくらい脳裏に映像が立ち上がってくるので、あの役は誰がやったらおもしろそう、自分だったらどう演じるだろうと、他の方の作品以上にそういうことを考えながら読んでしまうんです。
実際、これまでも多くの作品が映像化されていますよね。
この『逃亡小説集』では、一編目の「逃げろ九州男児」がいちばん好きでした。
舞台が私の地元・北九州で、まずはことばに親近感を覚えたし、主人公の秀明や、彼の学生時代の友人・石松のガムシャラな、けれど、自分の気持ちを素直に口にできないような、ちょっとへそ曲がりで肩肘張っているところが、九州の男っぽいんです。
つらいことをつらいといわず、いきなり逃げてしまうシーンなどもグッと来たし、犯罪や逃亡を通じて社会を風刺する小説を読んでいると、たとえ同じ立場にいるわけでなくても、他人事とは思えないリアリティを覚えます。
小説を読みながら、いろいろ妄想してしまうのは(笑)、説明的な描写が少ないからだと思うんです。
たとえば秀明が市役所の窓口で担当者にどんなことをいわれ、どんな気持ちになったか。一切説明がなく、読み手に委ねられるので、頭のなかの妄想が、映像を立ち上げてゆくのだろう、と。
主人公がどんな人間か、周囲の人間を描くことで際立たせる点では、助演力の高い作品だとも思います。
4つの短編の主人公たちは全員、窮地に追い込まれて逃亡しているけれど、そんななかでも彼らを助ける人もいます。この人たちはひとりぼっちじゃないと感じさせてくれるところで、読者は救われるのでしょう。
小説を通じて描かれる世の中や人間の理不尽さは、本当に上手だなあと思いますし、どんでん返しや落差などにもハッとさせられます。
私は、サプライズは小説のプレゼントだと思っているので、どう驚かせてくれるか、期待しながら、小説を読んでしまうんです。
青春ものも、『悪人』や『怒り』のような人間の暗部をむき出しに描いた作品も好きですが、それにしても吉田さんはなぜこんなに女性の気持ちがわかるのか。
女性を描く視点の鋭さに、いつもドキッとさせられます。
撮影/中西真基板谷由夏(いたや ゆか)
女優。『やすらぎの刻~道』(テレビ朝日系)にレギュラー出演中。2015年から大人の女性のための普段着「SINME」のディレクターとして活動。最新映画出演作は『サーティセブンセカンズ』 表示価格はすべて税抜きです。
取材・構成・文/塚田恭子
『家庭画報』2020年2月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。