『家庭画報』2020年1月号に掲載された特集「歌舞伎界の若き獅子たち」。そこでお伝えしきれなかった5人の歌舞伎俳優の皆さんの貴重なお話をお届けします。2015年の同企画にご出演いただいてから5年の間に経験したこと、実感したことなどを通して、それぞれの素顔を垣間見ることのできる素敵な機会です。
前回の記事はこちら>> 写真左から、中村児太郎さん(記事はこちら)、中村隼人さん(記事はこちら)、尾上右近さん(記事はこちら)、中村壱太郎さん、坂東巳之助さん(記事は2月25日公開予定)。5人の若獅子たちが語る“今”へと導いた3大トピックス
第4回 中村壱太郎さん
祖父・坂田藤十郎さん、父・中村鴈治郎さんのもとで上方歌舞伎を継承する女方として活躍している中村壱太郎さん。2018年3月に歌舞伎座で上演された『滝の白糸』と、同年12月歌舞伎座『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』でも主演を演じ、大きな飛躍を遂げました。彼が受けた試練や目指している志について伺いました。
2019年6月、国立劇場『神霊矢口渡』のお舟。TOPICS1
歌舞伎と日本舞踊の両輪を始動
大学在学中は学業と歌舞伎の両立だったのが卒業した翌年、2014年9月に吾妻流の家元を母から継承してからは、歌舞伎と日本舞踊という2つの車輪で活動するようになりました。
また、同年の「趣向の華 ファイナル公演」には、一つの青春が終わったようなとても大きな思いがあります。当時、染五郞を名乗っていらした幸四郎さんと藤間勘十郎さん、尾上菊之丞さんが主宰なさった会で、僕自身は歌舞伎の修業とはまた別に、脚本を書いたり、演出をさせていただいたり、踊る、創る、魅せるための多くのことを学ぶことができました。
ですから僕らにはお三方から受け取ったバトンを次世代に渡す場を創らなければならないという使命があると思います。その第一歩として、2019年の夏に「こども歌舞伎スクール寺子屋」の生徒さんたちと一緒に、『四勇士』という芝居を創りました。僕にとっては6年にわたって温めてきたことを一つ形にできたという達成感がありました。
TOPICS2
永楽館歌舞伎、そして玉三郎さんとの共演
永楽館歌舞伎は2019年には12回目を数えました。片岡愛之助さんがどんなに忙しくても続けようという思いでなさっているからこそ今があると思います。
初めて僕が参加させていただいたのはまだ18歳のとき。右も左もわからないときから相手役をやらせていただいています。6年目くらいのときに、「壱ちゃん、何かやりたいものはないの?」と聞いてくださって、「帯屋長右衛門って、決して楽しい役ではないのですが『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』をやってみたいです」といいました。すると、実際にやらせていただくことができ、愛之助さんが長右衛門役に回ってくださいました。それがなかったら、祖父の長右衛門と、愛之助さんが今度は儀兵衛に回ってくださった2016年の大阪松竹座での再演、そして2017年には歌舞伎座で、祖父の長右衛門と染五郞時代の幸四郎さんが演じてくださった儀兵衛と共演することにはつながらなかったと思うんです。
上方の芝居小屋での公演を続けてきたことが、松竹座と歌舞伎座というホームグラウンドでの上演のきっかけになっていると思います。上方の作品を演じ続けることが僕のライフワークだと思うので、これからも続けていきたいです。また、近年では玉三郎さんからマンツーマンで色濃く教わる時間を過ごしていることも、僕にとって大きな糧となっています。
TOPICS3
オフシアター歌舞伎
僕はこれまで新作歌舞伎の本公演に携わったことはなかったので、1か月にわたる稽古をするのは、2019年5月のオフシアター歌舞伎が初めてでした。
それは、今までの概念を壊し、芝居を作るという作業で、とても大きな衝撃を受けました。歌舞伎という自分のバックグラウンドでやっているのに、演出・出演された赤堀雅秋さんや荒川良々さんという根本から考え方が違う方々と良い意味で真っ向からぶつかり合う。どうやったら皆さんの考え方に追いつくことができるのだろうと、そればかり考えていました。
(中村)獅童さんがニューヨークの倉庫を舞台にして上演された芝居をご覧になったことがきっかけとなり、それがいろんなものと混ざり合って今回の『女殺油地獄』に至っています。その獅童さんの作品への深い思いを汲み取るのには、とても時間がかかりました。おかげで濃い作品に関わることができました。
オフシアター歌舞伎が終わって約半年後の10月には、再び『瞼の母』で獅童さんと共演させていただきました。一瞬だけ目が合うくらいでしたが、毎回違うお芝居をされていて、僕もそのお芝居を受けて演じるように努めました。人の芝居を受けるというのは、会話をしていて相手の話を聞くのと全く同じ。相手の反応を見ることでもあるのですが、そうした当たり前の芝居ができていなかったということを気づかされました。
5人の若獅子たちが語る“今”へと導いた3大トピックス(全5回)
撮影/篠山紀信 構成・文/山下シオン 協力/松竹