唯川 恵 著/集英社 20年前拾った猫に死期が近づいていると知らされ、それぞれ時間をやりくりして実家に集まった3人姉妹弟。離婚の痛手でずさんな生活を送る女性の家のベランダに、ふと現れた1匹の猫。照り降りのある日常のなかで、私たちに寄り添ってくれる......そんな猫をめぐる7つの物語。
ナビゲーター・文/中江有里(なかえ ゆり)これまで動物を飼ったことがない。飼いたい衝動にかられたことはあるが、家の事情やほかの理由で叶わなかった。でも飼うなら犬と決めていた。
本書を読んでからは、猫という選択もあると思い始めた。
7つの短編にはすべて猫が関わっている。飼い猫、野良猫、ぬいぐるみの猫までいる。猫たちは人と人の間にそっと忍び込み、こじれてしまった何かを解きほぐす。そんな夢のような猫がここかしこにいる。
「ミャアの通り道」は主人公の「私」が故郷金沢へ帰る場面から始まる。
仕事や遊びにかまけてお盆も正月も帰らなかったのに、急な帰省を決めた理由は、実家の猫の死期が近いことを知らされたから。
子どもの頃から「私」と一緒にいた猫のミャア。約束したわけでもないのに、姉や弟も実家に戻ってきて、家族総出で静かにその時が来るのを見守っていた。
ペットは家族同様だと多くの飼い主は言う。だから一度飼い始めたら最期まで面倒を見る。これが家族でなければ何であろう。
どんな時もミャアが通れるよう、互いの部屋の扉やふすまをほんの少しだけ開けていた。猫はそこにいるだけで、目には見えない家族の気持ちをつないでいた。どんなに時が過ぎても、猫は時を巻き戻していく。
「約束の橋」は、1人の女性が生涯にわたって出会った猫たちを人生の最期に思い出す一編。猫の寿命は長くて十数年。子猫が老猫となって看取るまで、飼い主の人生に起こる出来事と時代の変遷が描かれる。
結婚、離婚、自立、病気......飼い主の人生の岐路には必ず猫がいて、じっと寄り添っている。誰も知らない哀しみ、寂しさを黙って受け止めてくれる。そんな猫たちの声なき声が聞こえてくるようだった。
人生はままならず、誰も傷つかずに生きられない。でもそばにこんな自分を見ていてくれる猫がいれば、それだけで救われ、数ある危機を乗り越えられそう──登場する女性たちに自分を重ね合わせながら、幾度も涙した。
優しく包み込むような文体と猫の毛並みやしなやかな体軀が相まって、読んでいる自分のそばに猫がいる気がしてくる。
7編を通して、猫と呼ぶ小さな生き物が、何か別の存在のように思えてきた。
中江有里(なかえ ゆり)
女優。作家。『トランスファー』『残りものには、過去がある』『わたしの本棚』など著書多数。映画の 最新出演作は2020年4月公開予定の大林宣彦監督の『海辺の映画館― キネマの玉手箱』。「#今月の本」の記事をもっと見る>> 表示価格はすべて税別です。
取材・構成・文/塚田恭子
『家庭画報』2020年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。