© Mamocita 2018ナビゲーター・文/福岡伸一最近読んだ出色の面白本は『美意識の値段』。
著者の山口 桂氏は、オークション会社で長年、美術品ビジネスに関わった人物。この映画にも、オークションハウスの辣腕若社長サンデルが登場するが、山口氏とちょっと雰囲気が似ているかもしれない。
そのサンデルが仕切るオークション会場で、主人公の老美術商オラヴィ・ラウニオが問題の絵を競り落とせるかどうか、息詰まる駆け引きが、本作のハイライトシーンになっている。
舞台はヘルシンキ。オラヴィは画商を営んでいる。
スタイルは古風。手書きの顧客リスト、領収書はタイプライター、電話は壁掛けの固定、ブラウン管の防犯画像。
カメラは付近の老舗カフェや落ち葉が舞い散る公園、石畳の広場など、この北欧の美しい街を丁寧に描写する。
ある日、オラヴィはオークションハウスの内覧会で不思議な絵に出合う。男の肖像画。彼はこの絵がとてつもなく価値があることを直感する。
しかしサインも日付も入っていない。美術商の真骨頂は、ガラクタと思われていた品を安く入手し、そこに真価を見出して高値で売ること。
つまり美意識とマネーはシーソーゲームなのだ。引退も考えていたオラヴィは人生最後の賭けに出る。
そこに登場したのが孫のオットー。関係不和で長らく音信不通だった娘レアの一人息子。
現代っ子のオットーは古美術なんぞに興味はない。ただ学校の単位が欲しいがための課外体験としてやってきた。
やる気のないオットーに厄介顔をするオラヴィ。しかし徐々にオットーは美術商の仕事の面白さに開眼していく。
そして持ち前の賢さを発揮して、問題の絵の出自を示す重要な証拠の発見に関わることになる。
なんと絵は帝政ロシアの名画家イリヤ・レーピンの「キリスト」像だったのだ。ふたりはサンデルの鼻を明かして絵を入手することに成功するが、話はここで終わらない。
二転三転する結末はとてもスリリングだ。そしてハッピーエンドにもならない。でもここに監督クラウス・ハロが込めたメッセージがあると思う。
それは劇中、アテネウム美術館でオットーとオラヴィが観るヒューゴ・シンベリの名画「老人と少年」に象徴されている。美意識は次世代に託されるのだ。
福岡伸一(ふくおか しんいち)
生物学者。『生物と無生物のあいだ』『動的平衡』など著書多数。ブックマイスターを育てる福岡伸一の知恵の学校も開校中。近著に『ナチュラリスト生命を愛でる人』など。 『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』
家族も顧みず、仕事一筋できた老美術商のオラヴィ。時代の変化に抗えず、店を畳むことを考えていた彼は、オークションハウスである肖像画に目を奪われる。孫のオットーの手も借り、肖像画の作者探しや資金繰りに奔走し、彼はその画を手に入れたものの......。
2018年 フィンランド映画 95分
監督/クラウス・ハロ
出演/ヘイッキ・ノウシアイネン、ピルヨ・ロンカ、アモス・ブロテルス
公式URL:
https://lastdeal-movie.com/2020年2月28日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか順次公開 取材・構成・文/塚田恭子
『家庭画報』2020年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。