未来の医療 進歩する生命科学や医療技術。わたしたちはどんな医療のある未来を生きるのでしょうか。「未来を創る専門家」から、最新の研究について伺います。
前回の記事はこちら>> 2018年11月、中国でゲノム編集により遺伝情報を書き換えられた赤ちゃんが誕生したというニュースが世界を駆け巡りました。ゲノム編集とは何か、またその方法や課題について、2回にわたり、子どもの遺伝病の専門家である国立成育医療研究センター研究所の松原洋一所長に聞きます。
〔未来を創ろうとしている人〕松原洋一(まつばら よういち)さん国立成育医療研究センター 理事・研究所長
東北大学名誉教授
1979年東北大学医学部卒業。神奈川県立こども医療センター、東北大学で小児科研修後、ニューヨーク州立発達障害基礎研究所、エール大学で研究員。帰国後、東北大学医学部助教授を経て、2000年から同大学大学院医学系研究科遺伝病学分野教授を務める。13年より現職。国際人類遺伝学会連合理事長、日本人類遺伝学会理事長などの要職を歴任。専門は遺伝性疾患の病因解明や遺伝子診断。不要なDNA配列の削除や組み換えを行うゲノム編集
ゲノムとは、ある生物の遺伝情報全体を指します(
ページ下参照>>)。ゲノム編集の対象になるのは、細胞に含まれている遺伝子の中でも特に細胞核の中にあるDNA(デオキシリボ核酸)です。
DNAはたんぱく質を作る情報を持っています。
DNAはA(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)の4つの塩基がつながり、2本の鎖状になって、AとT、GとCが手をつないだような状態になっています。
ゲノム編集では、これらの塩基が順に並んだもの(塩基配列)のある一部分にターゲットを絞り、そこを切りに行って、不要な配列を削除したり、新たに別の配列に組み換えたりするのです。
細胞にはDNAが傷ついたときに修復する機構が備わっており、切断後の傷の部分はきれいにつながります。
まるでパソコンや携帯電話で文章を書くときに文字列を消したり、コピーして貼ったりするように、DNAを操作する、それがゲノム編集です。
ゲノム編集のイメージ
ゲノムとは
DNAと染色体から作られた造語──
DNAを中心とする、ある生物の遺伝情報すべてを指す
ゲノム(genome)は、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)を合わせた造語で、ある生物の遺伝情報全体を指します。なかでも細胞の核にある、たんぱく質に翻訳される設計図としての遺伝子(DNA)の塩基配列の情報がその中心です。
このたんぱく質を作る設計図以外にもさまざまな遺伝物質が明らかになっており、それらも含めてゲノムという言葉が使われていることもあります。
ゲノムは親から子へ、子から孫へと引き継がれる遺伝情報を指す一方、DNAの塩基配列を変えることはないものの、遺伝子のオンオフを決めるスイッチなどが環境によって変わることが知られています。
このような後天的な遺伝情報はエピゲノム(エピはギリシャ語の接頭語で「~の上に・~の後に」という意味)と呼びます。
同じ両親から同じDNA配列を持って生まれてきた双子でも外見や体質が異なるのは、このエピゲノムの影響であると考えられています。
エピゲノムは、がんなどさまざまな病気にもかかわっています。
また、母親が肥満であるとエピゲノムの変化によって子どもが肥満になりやすくなるなど、エピゲノムが次世代にも影響することが次第にわかってきました。
ゲノム編集とともにエピゲノム編集の技術も開発が進められています。