画期的なゲノム編集の方法が開発された
「ゲノム編集」という言葉は1970年代初めからあったといわれています。しかし、最近になって話題にのぼるようになったのは、その画期的な方法であるCRISPR/Cas9{クリスパー・キャス9(ナイン)}システムが2012年に発表されたからです。
キャス9はDNA配列を切るはさみの役割をするたんぱく質(核酸分解酵素)です。
また、クリスパーは細菌などのDNAに繰り返し出てくる配列で、1987年に大阪大学の石野良純氏(現・九州大学大学院農学研究院教授)らが大腸菌のDNAから発見し、報告したものでした。
その後、このクリスパーとそこから転写されるRNAは、細菌がウイルスから身を守る(細菌もウイルスに感染します)際、ウイルスのDNAを切るのに使われていることが明らかになっていきました。
この仕組みを利用し、ゲノム編集をしたいDNA配列を決めて、そこに誘導するガイドRNAをデザインして、キャス9と一緒に入れれば、キャス9がそこを切断する、つまりゲノム編集ができることがわかったのです。
この仕組みを解明し、ゲノム編集に使えると報告したことで、スウェーデン・ウメオ大学のエマニュエル・シャルパンティエ教授(現・ドイツ マックス・プランク感染生物学研究所所長)と米国カリフォルニア大学バークリー校のジェニファー・ダウドナ教授はノーベル賞候補に挙げられています。
松原さんは、「ゲノム編集の方法としては、これまでも2つの方法が用いられていて、動物モデルの作製などに使われていましたが、それらに比べるとクリスパー・キャス9システムは正確で簡単、しかも安価であることが大きな特徴です。
編集したいDNA配列を決めてインターネットで業者に注文すればガイドRNAとキャス9の入ったキットが届きます。今や生物学を学ぶ若い学生たちが研究室で植物や動物の研究に使えるくらいに普及してきました」と話します。
そして現在、クリスパー・キャス9システムの精度はさらに上がり、たった1つの塩基を削除したり、入れ替えたりできるようになってきたのです。
農業・食品分野ではすでに利用が進んでいる
クリスパー・キャス9システムはすでに農業・食品分野などで盛んに応用研究されており、例えば、筋肉の量が多い魚、変色しないマッシュルーム、血圧を下げるGABAの多いトマトなどが生まれています。
大豆製品などで議論されている“遺伝子組み換え”も同じように遺伝子を改変するものではありますが、ゲノム編集は確実性や簡便性ですぐれており、利用が急速に進んでいます。
また、外来の生物由来の遺伝子を加える遺伝子組み換えとは異なり、ゲノム編集は“自然界でも起こりうるDNAの変異と同じようなもので、品種改良の延長である”とみなされ、特に規制もされない傾向もみられます。
日本では2019年秋に、ねらった遺伝子を切断するだけであれば、厚生労働省への届け出や食品表示の義務はなく、業者がホームページなどで任意に情報開示することになりました。
私たちは知らない間にゲノム編集された動植物を食べている可能性があります。