がんとのつきあいはマラソンのようなもの
自分に合うコーチ、ペース、ゴールを見つけるのが大事
「患者は自分の人生における希望を伝えなければ治療を決められない。 受け身やお任せではよい治療に到達できません」
患者になって初めて医療者の声かけの大切さを実感
岩手医科大学附属病院(岩手県盛岡市)の病院長で産婦人科主任教授でもある杉山徹さんは、2002年に単身で盛岡に赴任しました。9年目が始まった2010年5月、職場の定期健診で受けた単純X線画像検査で左肺の上部に4センチほどの影が見つかりました。
詳しい検査でも肺がんであることが濃厚になり、月のお盆休みに自宅に近い九州がんセンターで小切開と内視鏡を組み合わせるハイブリッド手術を受け、その後、抗がん剤などの薬物療法を受けました。それから七年経ち、今ではほぼ治癒したとみなされる状態になっています。
杉山さんは自身が入院してみて、とくに朝に医療者が病室を回って来てくれたときのほっとした気持ちに驚いたといいます。「入院中は消灯が早くて、朝目が覚めるのも早い。起きて動き回るわけにもいかないので、ベッドにいると、看護師さんが“おはようございます。今朝はいかがですか“と声をかけてくれるのがうれしかったですね」(杉山さん)。
以来、岩手医科大学産婦人科のスタッフにもほんの少しでも時間があれば、できるだけ患者のベッドサイドに行って声をかけ、顔を見て話してくるようにと繰り返し伝えています。
がん患者を学会に招き入れ、ともに治療環境を整備していく
杉山さんは米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology:ASCO)に毎年のように参加しています。そこでは何年も前から何万人もの医師に交じって患者もセッションに出たり、ブースを出したりしていました。「パワフルながん患者の姿、そして米国の医療者のともにがんの診療を進めていく姿勢に感動していました」。
そこで、2009年に自らが大会長として第47回日本癌治療学会学術集会を主催したときに初めて患者を学会に招き入れました。大会テーマを「がん治療への目線」とし、「お互いを知り、協業を進めて将来の医療の環境整備につなげたいという思いで」行政やマスコミにも加わってもらいました。そして、“がん医療改革に向け、学会と患者が共にできること“というテーマでシンポジウムを開催しました。参加者は従来の学会より3000人増えたといいます。
この学会を一つのきっかけとして、専門家が集まる学会の一部を患者や市民に開放する機会が増えています。また、学会が作成する診療ガイドラインの作成委員会に患者代表が入ったり、患者向けのガイドラインが作成されたりするケースもあります。
例えば、日本肺癌学会でも毎年5か所で市民公開講座「肺がん治療最前線!」を開催しています。今年の5回目は11月19日(日)に東京・日本橋で開催されます(詳細は日本肺癌学会のホームページ
https://www.haigan.gr.jpを参照)。また、患者向けの動画も公開しています。
臨床試験の推進にも力を注ぐ
杉山さんは2016年から婦人科悪性腫瘍研究機構(Japanese Gynecologic Oncology Group:JGOG)の理事長を務めています。JGOGは全国の婦人科医や腫瘍内科医などが集い、多施設で連携して臨床試験を推進する団体です。
がんの薬物療法の開発には、大きく分けて、新薬の薬事承認を目指す治験(製薬企業が依頼して実施する企業治験と医師が実施する医師主導治験がある)と、すでに承認された薬の用量の変更、新たな薬の組み合わせなどについて医師が主導して行う医師主導臨床試験があります。どちらも患者の参加が不可欠です。
「治験や医師主導臨床試験は原則として将来の患者さんのためのもので、これは研究の段階で患者さんに入ってもらう先進医療も同じことです」と杉山さん。とはいえ、一部の患者にとってはいずれも治療の選択肢になり得ます。ただし、がんのタイプ、病期(ステージ)、それまでの治療などの条件が決められているため、参加を望んでも受けられないことがあります。
どの病院でどんな治験や医師主導臨床試験が行われているかは主治医に確認するほか、国立がん研究センターのサイト「がん情報サービス」、JGOGのような団体や学会、病院のホームページなどで調べることができます。
取材・文/小島あゆみ 撮影/八田政玄 イラスト/イチカワエリ
医学の記事は毎週金曜更新です。
「家庭画報」2017年12月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。