乗代雄介 著/講談社 1550円1年前、久しぶりに会った従姉の貴子に宛てて書いた長い手紙(「生き方の問題」)。今は亡き叔母にもらい、それを機に書き始めた日記を通して語られる彼女との記憶(「最高の任務」)。手紙や日記を通じて過去と現在を往還しながら、人物の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせる、気鋭の作家の小説集。
ナビゲーター・文/茂木健一郎(もぎ けんいちろう)芥川賞候補となった表題作『最高の任務』と、『生き方の問題』という、2つの小説が収録された本書を、私は現代アートを味わうような気持ちで読んだ。
時代とともに、感性は変わる。世界のとらえ方とか、人間の結びつきが移ろっていく。だからこそ私たちの生がある。
もちろん、ずっと同じものもあるけれども、流れていくものがある。そのような感覚を与えてくれるのが、すぐれた芸術である。2つの小説を読んで、私は、二度と還らない「今」を生きることの新鮮な感激を確認することができた。
自分にとっての「アイドル」である従姉妹の女の子との微妙で切ない関係をめぐって展開する『生き方の問題』。
やっかいなものを抱えて、それでも惹きつけられる関係は古今のラブストーリーの王道だが、この作品に流れている空気感は、間違いなく現代のものだ。
芸術の神は細部に宿る。「ショートカットの前髪を八割れになでつけた顔」とか、「その喉から押し上げたような音が、もっと話をという気分を盛り上げる」といった表現の中に、清冽な感性がほとばしる。
『最高の任務』は、「書く」ということの意味を現代において再生させてくれるような小説だ。ありふれた光景、家族との日常の中に、どきっとするような気付きへの予感がある。
「歯軋りする口の中にいるような個室の中で考えた末に」、「よせばいいのにそんなこと言って、滲んだ涙を暮れの空に吸わせる」といった表現の中に、一筋縄ではいかない「生きる」ということの実感がにじみ出る。
途中に挟まれる、日本の旧石器時代の存在を証明したことで知られる孤高の歴史学者、相澤忠洋のエピソードが感動的だ。
作者は北海道出身で、葛飾区在住。
この2作には、茨城や群馬といった、「北関東」の高くて青い空とひんやりとした空気が感じられる。
そのような土地柄の選択も、芸術表現の趣向の1つとして受容できるような、斬新な感覚に満ちた「双子小説」となった。
現代に生きる「私」の感性をみずみずしく更新するためにも、この季節にぜひ読んでみたい一冊である。
茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
脳科学者。意識の解明のため、クオリアをテーマに研究を行う。最新刊『頭がいい人は孤独を味方につけている』ほか、『東京藝大物語』『脳とクオリア』など、著書は200冊を超える。「#今月の本」の記事をもっと見る>> 表示価格はすべて税抜きです。
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/本誌・大見謝星斗
『家庭画報』2020年4月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。