絲山秋子 著/講談社 1800円舞台はとある地方都市に本社を置く食品会社。自他共に認めるチャラ男の三芳部長について、同じ会社で働く人たちがそれぞれの視点で語ってゆくことで、どんな集団にも一定の確率で必ずいるチャラ男のチャラ男たる所以や、会社という組織の不思議さを描いた会社員小説。
ナビゲーター/春風亭一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ)就職氷河期ど真ん中に大学を卒業し、そのまま師匠に弟子入りした私は、サラリーマンも、会社組織も経験したことがありません。
同期も端(はな)から就職を諦めていて、アルバイトで職場にもぐり込む人が大半だったと思います。
この小説は、同じ会社で働く人たちが自分との関係性のなかでチャラ男について語ることで、会社という組織を描いていきます。
10人以上があれこれ語っているので、会社勤めの人がこの小説を読むと、私はこの人かな、俺はこの人だな、と自分に当てはめて、身につまされるかもしれません。
勤め人からは、師弟関係のある我々の世界は厳しく見えるのでしょうけれど、読んでいると、むしろ会社の人間関係のほうが恐ろしいですね。
私が登場人物のなかで共感したのは、同い年の森さんです。この人の家での感じ、わかるなあといったら上(かみ)さんには怒られそうですけど(笑)。
この小説で描かれているように、やはり世代間のギャップはあると思います。もちろん全員がそうじゃないけれど、バブル世代は仕事の感覚もどこか違って“大丈夫、なんとかなるよ”と、ちょっと能天気なところがある。
会社がすべてじゃないし、上の世代にも、社会にも期待などしていない若い世代は、会社の外に自分の人間関係を持っている。
考えさせられるところもあるけれど、笑えるところもたくさんあります。
チャラ男の謝罪会見を、社員一同、会議室のモニターで見ながら、宴会でも始めるか、というあの冷めた感じは頭に絵が浮かぶし、会社が新展開するフルーツビネガーを使ったジュース・スタンドも、地方都市の駅のそばの高架下とかに、いかにもありそうじゃないですか。
チャラ男の不正があって、他社に吸収合併されてと、会社は下降線を辿り、救世主も現れないけれど、最後、岡野さんと伊藤さんが移動販売を始める件(くだり)はちょっと光が見えるところです。
あと、退職したチャラ男が筆耕をやるとか、窃盗癖で捕まった山田さんが子ども食堂を手伝うというオチは、変化球だけど、この振れ幅はありだなと笑えました。
チャラ男? いいよ、あまり関わりたくないよと思う人からすれば挑戦的なタイトルだし、すごく感情移入できる登場人物がいるわけではないのに、作者の人間観察がおもしろくて読み進めてしまう、そんな小説でした。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ)
単独で21人抜きの真打昇進を果たした、人気・実力ともに若手真打No.1の落語家。ラジオ番組、新聞・雑誌での連載など活躍の場は広い。DVDBOOK『春風亭一之輔 十五夜』が好評発売中。●作家 絲山秋子さんへのインタビューを読む最新刊の主人公は“チャラ男”。絲山秋子さんにとって小説を書くこととは?芥川賞作家 絲山秋子さんに聞く、小説との向き合い方と自選の書3冊「#今月の本」の記事をもっと見る>> 表示価格はすべて税抜きです。
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/本誌・大見謝星斗 中島里小梨(静物)
『家庭画報』2020年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。