トマス・ゲインズバラ《水飲み場》1777年以前 油彩、カンヴァス絵画を愛する眼と心
大旦那国(だいだんなこく)としての英国
ナビゲーター・文/林 望音楽であれ美術であれ、イギリスは偉大なる芸術の発信者というよりは、世界中のあらゆる芸術運動の偉大なる「旦那」国であった。
本展は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーから初出展の力のこもった展覧会でありながら、イギリス人画家の作品はごく一部分に過ぎない。しかしながら、この展示全作品を通覧してみると、イギリス人が世界の名作を、その産業革命以降の国富を後ろ盾として広く蒐集してきた経緯がよくわかる。
蒐集者は政治家、大地主の貴族、銀行家、実業家……と実に様々であるが、蒐集された美術品は、多く彼らの居城や邸宅などを飾ってきたというのが本来であったろう。
すなわち、18世紀の初代宰相ウォルポールを筆頭に、現代のセインズベリー兄弟に至るまで、多くの美術パトロンの富豪蒐集家が、ヨーロッパ中から名作を手に入れ、それらのいわば殿堂として、ナショナル・ギャラリーは出来てきた、という経緯がよく見える。
それゆえ、ここではルネサンス期のイタリア宗教画、オランダ絵画、グランドツアーと風景画、またそれにも関連して、エドマンド・バークの提唱した「崇高美」の世界、さらには大きな「革命」であったフランス印象派の名品等々、まことに過不足なくヨーロッパ美術の歴史と広がりを逍遥(しょうよう)でき、以て、ヨーロッパに於ける美術史全体を俯瞰する、柄(がら)の大きなコンセプトとなっているのである。
フランシスコ・デ・ゴヤ《 ウェリントン公爵》1812-14年 油彩、板 ©The National Gallery,London. Bought withaid from the WolfsonFoundation and a specialExchequer grant, 1961この美術館の設立と発展は、大英帝国の国力と富がなくてはあり得なかったが、いっぽうで本展は、それらの力を芸術に注いだ「旦那」たるイギリス人の眼力と心を知るよいきっかけにもなろう。
自分で傑作を描くという芸術運動もあれば、それを能く鑑賞し愛玩し保護伝承するのも芸術運動である。そういうメッセージの見える展覧会である。
はやし のぞむ作家・書誌学者。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授を歴任 。『謹訳 源氏物語(全10巻)』で毎日出版文化賞特別賞受賞。近著に『巴水の日本憧憬』。
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』
ヨハネス・フェルメール《ヴァージナルの前に座る若い女性》1670-72年頃 油彩、カンヴァス ©The National Gallery, London. SaltingBequest, 1910約200年の歴史を誇るロンドン・ナショナル・ギャラリーが、初めて館外で大規模な所蔵作品展を開催。61作品すべてが初来日となる。英国とヨーロッパ大陸の交流という視点で、ルネサンスからポスト印象派までの西洋絵画史を辿る。
国立西洋美術館※会期が以下に変更となりました2020年6月18日(木)~10月18日(日)
※ただし、6月18日(木)~6月21日(日)は、「前売券・招待券限定入場期間」とし、前売券および招待券をお持ちの方と無料観覧対象の方のみ入場可。月曜休館
一般1700円
ハローダイヤル:03(5777)8600
大阪に巡回
大阪会場:2020年11月3日(火・祝)~2021年1月31日(日)
※詳しい入館方法や最新情報は公式ホームページ等でお確かめください。展覧会の詳細はこちら>> 表示価格はすべて税込みです。
取材・構成・文/白坂由里 撮影/木奥惠三
『家庭画報』2020年6月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。